« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

2006年12月27日 (水)

主の降誕(日中のミサ)

12月25日いちごは、地元明野教会にて日中のミサに与った。いつもと違う雰囲気の教会!そう、イエス様の誕生を心から喜んでいるのが感じる。いいねー!!

主の降誕(日中のミサ) 

幼子イエス ヨハネ1.14より

”言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。

わたしたちはその栄光を見た”

”遠く地のはてまで すべてのものが 神の救いを見た”

昨夜、主のご誕生神秘を祝った。 誕生は全てがつつましく 単純でベツレヘム近くの洞穴の中でおられた。 この世にきた神の子は、羊かいの飼い場桶に 寝かされた。 宿屋が満員で 場所がなかったからである。 クリスマスの夜、天使たちは喜び踊りながら いと高きところには 神に栄光 地には平和 御心にかなうものとなれ 全ての人に平和あれ 

ヨハネの福音書は、イエスが神の言葉であった 御言葉は人となり われわれのうちにある 栄光を見たと壮言に語っている クリスマスはイエスの誕生の救いであり  最初の到来のメッセージである 全人類に救いがあり 神の子が来られた イエスが全ての人を照らす 光はこの様にしてこられた

神は失われたものを捜し求めるために 来られた 人類を救うためにこの世に遣わした 全能の神は、一人子イエスをこの世に送り出したのである 神の自由なイニシアティブによって なされた業である 

マリアの自由意志、同意なしにはイエスは生まれていなかった。 神の子救い主であることを理解した人は わずかしかいなかったのである 神からの救いの神秘である 御言葉は人となり 高めるためにこの世にへりくだって生きていくのである 

クリスマスの基本的なメッセージである 救いについてじっと考える時期である 救いとは何か?  罪から開放されるためにある 私達の中にあり 私達は自分で苦しめることをしているのである 罪の中にあって笑っている場合ではない 神の元で助けてください 祈り叫びをあげる時 力ある天の父の神に救いを求めよう 

神も私達の心には・・・心の目が開いていない人には、 無理に入ってくることはできないのである。 イエスの到来は、素朴なもので大変なものであった。 洞窟から人生の歩みを はじめられる。 人類の救いは、自分をむなしくし全てを救うために 神とともに歩みながら 少しづつキリストのメッセージを受け入れていきましょう!!

キリストの使命を悟ること、 世の罪を取りのぞく神の子羊 キリストの使命 他の救い主を待つべきである 歴史の流れとともに今日に至るまで続いているのである 

信仰に生きる平和な時代ではない 世界は神との戦い 十字架さえもつけられず 職場から追い出され 学校ではいじめにあう でも人と人との心が通じた瞬間 私達がこの世において するべきこと 全ての民のところにきた 民は受け入れなかった 悲しい現場 出来事である 私達のこれからすべき事は クリスマスを通して イエスの愛を伸べ伝え 信仰に生きること 少しづつでもよい 全ての人に伝えていって欲しい 

主の愛 神の愛 真の愛 御言葉を受け入れ それを信じるものには 神の子としての資格を与えられたと 感じる 神の働きは、不思議なものである 聖パウロは あなた方のうち良い行いをしたものは それを完成させてください 

イエスと逢う日まで世の塩 地の光として行きぬいて欲しい 第一の到来は イエスの到来 クリスマス誕生なのである 聖書を読む何が良いか、何をしたら良いか、どの様な道を歩むべきか全てかかれている 私の命のかてとなりますように!! 

カトリック信者として冷静に自分の心をよく理解して過ごしましょう。 世の終わり イエスは栄光な力を発揮して到来し 終末のときわれわれの審判者となる 肉が滅びたときのことである 信仰の中心となっている 救い主は裁きをするために来たのではない 自分を裁いた人を裁くために来られるのである イエス様の前で心の扉と開いていつでもどこでも準備しておきなさい 

主は自分を十字架につけ 悪業をおこなったことを認め 私は黙った 初めに主は人々を説得し 教え救いの計画を広めていった 信じるものは少なかった そして今が救いのとき 今 ここで生きている 

パウロは もう眠りから目覚めることです 今救いが近づいたのです 神の霊が働き 聖霊の働きにより イエスの歩いた道をたどり 共に歩いていきましょう 主のために 主とともに 主のうちに!! 信仰の旅を続けるなら いつでも主の元へ行くことができる 

悪を払い 善を増やし この世が平和になるために 祈りつづけましょう!!お正月の言葉も含まれています 自分の言葉として 最後の言葉として捧げます!! 今年最後の言葉です!! アーメン † (そのとおりである)

信仰と愛と希望   以上 ポーランドの神父さまの説教より

年末から年明にタイへお出かけになるので今年最後の御言葉として いただいたものでした。 こんなすばらしい御言葉をいただけたことに感謝でした!!

クリスマスの飾りをいちごが見て・・・

むかって右側 3人の博士の到来 3人の博士、それぞれ手に持っているものは何か? ここはまだ勉強不足で意味がわからない。イエス様あとで教えてください!

左側 4人の羊かいたち 羊かいの一番偉い人はイエス様 一匹でも群れからはずれた羊は、 首にかけ両手 両足をしっかりとつかまれて共にのせて歩く これってまさに今のいちごじゃないかな?! 

神の子羊 世の罪をとり除きたもう主よ 我らをあわれみたまえ!! 羊は毛が伸びるので 定期的に刈り取る=人でいうわがままを おさえることである 回心 改心 

そして真ん中 誕生したイエス様 馬小屋の中 左側 聖母マリア様 右側 ヨセフ様 奥 大天使ガブリエル様重大なことを告げる役目の天使)3大天使の一人

誕生して1日過ぎたイエス様の御心は、どんな風だったのか? イエス様に聞いてみた。

心臓の鼓動が高鳴って 天の父からいただいた肉としての命をつかい、皆、全人類に愛と希望、平和をもたらせるために 私に何ができようか?! 幼子イエスはそんな風に考えた マリア様の胎内にいる時から祝福された 神の子であるからである。 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月26日 (火)

† マリア・ステファノからの御言葉 †

どうして 冷たい雨の中 

放り出していったのか

どうして 冷たい雪の中 

放り出していったのか

でも今は 大丈夫 

この暖かい神様の愛のお布団に 

包まれているから

なんで 泣いちゃうんだろう

それは 愛のあるあかし

愛は神 

お母さんは 子供達に愛を 持っている

この愛こそ 本当の愛

本当の愛とは 神のこと

神は イエス・キリスト

二人のお母さん

さあ ここが私達のおうち

神様のおうち

| | コメント (0) | トラックバック (0)

† 信仰の神秘・奇跡 †

† 主の平和 †  

皆様、いちごのためにお祈りをしていただき、本当にありがとうございます。いちごは、祈っていただくたびにその方の御顔(イメージ)が浮かんできます。そして、暖かい愛を頂いております。今朝もメールや電話を頂き本当に本当に、ありがとうございます。心から賛美と感謝を捧げます。

昨夜、なぜか深夜になってお料理を作りはじめたんです。そこで感じた事、

”元嫁ぎ先の母は、本当に手際の良いお料理上手な人だったのだ。”

いちごは、ずっとずっと仕事をしてきたので夕飯もおばあちゃんに作ってもらう事が多くなっていた。でも、実は自分が今夜のおかずは何かな?っていつも楽しみにしていたんです。そう、母の愛情たっぷりのお料理が食べたかったんですね!!

そんな事を思いつつ、おばあちゃんを祝福してあげようと祈りながら眠りにつきました。ここ最近宵っ張りの朝寝坊のいちごの乱れた生活を直すべく、友達からメールや電話をいただきました。そう、世間では師走なんですね働いている皆様にお疲れ様のエールをおくります。そして、心も体も休めますように・・・

朝の祈り。昨日、クリスマス商品で素敵なキャンドルを買ってきたのでずっとずっとともし火をつけていた。本当にきれい。イエスさまのご誕生をこんなにも祝福している。

ついさっき、携帯がなる。見たことのない番号・・・もしもし!

出てみるとなんと我息子からであった。えー!!

俺!!短く話すよ。 うんうん めったに電話できないから・・・ うんうん いいよ 30日は俺はいいから・・・ ウンウン それでもいいよ 母は迎えに行くからね。 なら娘だけ迎えに行くわ しばし・・・ あなたは、私の愛する息子なのよ  ・・・  イエス・キリスト様を今も信じているでしょう? すかざず答えが返ってきた うん 力強い声だった なら母は迎えに行くからね ばあちゃんがきたから電話切るね  うん いいよ  じゃあ自宅に電話するから… そう言って電話を切った!!  

数分後、自宅へ電話をした。おばあちゃんが電話に出た。 30日の件をあれこれ理由つけて出かけられないと言う。 

うん それでもいいです 行きますから!! 

 お料理上手なおばあちゃんから わからないお料理を教えてもらった。 やっぱりばあちゃんは、 お料理上手だとつくづく 想ったよ。 そうね。みんなから言われるよ。 いつも美味しいお料理を作ってくれるおばあちゃんに ありがとうっていつも娘から言われるそうです。 

娘の心はまだ純粋なのだ。 自然を愛し、いつも心の扉が開いている我娘・・・  小学校の時の娘のあだ名は ”ハイジ” そうアルプスの少女 ハイジからきている。そんなスキップをいつもしている娘だった。千ほど明るい思いを込めて 千明(ちあき)と名付けた。

マリア・ステファノからの御言葉

あなたは、神の子である。

形ではない。今回は立派に成功する。

聖母マリアを想い出しなさい!!

一粒の涙は、子供への愛を示す。

どうしてこの子に辛い想いをさせようか!!

私もキリスト、マリアの子。

私の二人の子よ、さあ神様の所においで!!

今までどんなに辛かっただろう。

でも、もうここは、本当の山と海と心、

さあ、休みにおいで!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

† 祈りのお願い †

皆様、いちごのまた更なるお願いがあります。それは、いちごの実子との再会のために祈りをお願いしたいのです。いちごは、実子がいますが息子は中学2年生、娘が小学校5年生の時に別居、裁判所の御力を借りて離婚しました。

我子の親権は元夫の元へいき泣く泣く子供達を手放しました。それ以来、じっくり我子に逢った事がないのです。短い時間元夫も一緒に数回逢っただけなんです。その後も逢いたくて何度かアクションしていましたが、警察のお世話になっても我子に逢う事が出来ませんでした。でも、今、カトリックの信仰を持ち自分は子供達の母であると再認識した時に、この冬休み我子たちを茨城から(イスラエルの地より)救うべく計画を建てました。イスラエルの地から我子を救えるのは、まさにイエス様のなさる業でもあります。私は、こうしてイスラエルの地よりイエス様に救っていただいたのです。

サタンなるものから何度攻撃を受けても信仰によって、我子を救いたい、母の気持ちは変わりませんし、我子へ日々愛の祈りを捧げています。それによって、我息子も娘も命を助けていただいております。息子は、来春社会人として出発し、娘は受験生になります。今、母に出来ること、しっかり教えておかなければいけないこと、たくさんあるように思えてきて、元家に思い切って電話をしました。

この家でいちごは、生きる希望も見失ってしまう位辛く苦しい時期でした。多くの病が発症したのもここでの時期です。でも、恨んでも憎んでも何の解決にもなりません。

カトリックではそんな時こそ、信仰の神秘で相手を祝福してあげなさい

そういいます。その大きな壁を越えるのには、本当に苦しかったのです。でも、今、ここに救いがある、そう思い悟った時、私の保護聖人であるアンナ様、そしてイエス様より勇気をいただいて電話をしました。

久しぶりに聞いたおじいちゃんの声、東北出身なのでなまりがある。

修と千の母です。」いきなりの言葉にかなり驚いていた様子。じいちゃんは、体どうですか? 元々、じいちゃんは私の見方をしていてくれた人、良き理解者であったから、別居すると言った時、俺に相談して欲しかった・・・そう言って涙してくれた。 でも、じいちゃんはよいけれどその他の人がどうしてもいちごの中でゆるせなかった。そう裏切り、失望、もう息を吸っている事さえ辛く苦しい時であった。

そして、おばあちゃんへ電話を変わる。お久しぶりです。「修と千の母です。」同じく、ばあちゃんの体はどうですか? いちごがいなくなってから目が見えなくなって、障害3級になったと聞いている。 大分、いい様子であった。それはよかったね。そして、本題に入る。 

「我子を連れてお正月の間、預かります。」そう言った。当初、相変わらずであったが私の態度に根負けした様子、

12/30息子と娘を迎えにいきます。」そう言って電話を切った。やったー、イエス様、アンナ様、本当にありがとうございます。

”神にできないことはない!!”

”我子に逢いにいくのにどうして遠慮する必要があろうか!!”

”さあ、我子を連れてきて、しっかり抱きしめてあげなさい!!”

そう言われたイエス様、本当に本当にありがとうございます。

だから、このサイトを見ている皆様にお願いがあります。

† 12/30いちごが我子と再会できるように 神に祈っていただきたいのです。 どうか、迷える子羊を救ってください。 そして、いちご親子に再会の喜びを味わわせてください †

イエス様のお導きにより、いちごはこの時期にきて南国大分からの飛行機のチケットがとれているし、支払いも全て済ませているのです。だからあとは、我子を迎えに行くだけなのですこれもあれもみんな奇跡だと想っております。

だからあと、一つのいちごの願いは我子に逢いたい、もう何年も逢っていない我子に…持たせた携帯も解約され、今は全く連絡がとれない状況の中、母の思いだけが走り出した。いちごの中で子育て時計は早く針が動き出した。これは、私がするしかない。

私の愛しい愛する息子と娘、母は絶対あなた達を守りますからね。”

†イエス様、どうかいちごにお導きをお願いします†

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月25日 (月)

イヴ夜半のミサ

いちごは、主日のミサに参加した後、夜半のミサに初めて参列した。そう昨年は、マリア・ステファノと喧嘩をしていて参加しなかった自分、なんて愚かなんだろうって今想うし、こんなすばらしいミサを自分の中で受け止める事が出来なかったのが本当に悔しい。

お母さんと一緒に参加したが、昨年は着ていく服がないと言ってだだをこねていたそうだ!!自分の事なのに全く覚えていない。たしか、マリア・ステファノがスーツを着ていて私は本当に何もおしゃれするものがなかったのだと思い出す。

今年は・・・やはり変わっていない。教会へ到着する頃ふと気がついた。そうイエス様のお誕生なのにいちごは、相変わらず普段着できてしまった。でもきっときっとイエス様は「そんないちごでもいいよ」って言って導いてくれているそう信じております。案の定みんなおしゃれをしていた。わあーどうしよう・・・中には、着物さえお召しになっている方もいる。でも、いい。私は、私である心さえ美しかったなら、そしてイエスさまのご誕生を心から喜んでいればそれでいい。そう悟って参加して一番前の席についた。

主の降誕(夜半のミサ) ルカ2.11より

”今日ダビデの町で、あなたがたのために 救いがお生まれになった。”

”遠く地の果てまで全てのものが 神の救いをみた”

今夜、私たちは2000年前と同じように主のご降誕をお祝いします。キリストの誕生、現実的である。ルカ=イエスの誕生が素晴らしくたくみに書かれている。イエスの誕生を歴史的に示している。全世界の人々の戸籍登録に勅令と関係づけ、時期についてもイエスの誕生の場所についても示す事としており、疑うことがない。

明確な歴史的現実であったことを示している。天使のお告げ(メッセージ今日救い主が現れ、全人類史上の喜びである。新しい時代へのメッセージでもある。天使の言葉は全ての民の喜び、訪れである。誰もこの喜びにあずかることを好まれるはずである。

喜び=共通である=人の女(マリア様)から生まれたイエズス=不思議な幼子なのである。暗闇を歩く民は大きな光を見た。一人の子があけられ、しるしがある。

イザヤは、その名は力ある民、永遠の地、平和の意味と言っている。名前は、飼い葉桶に寝かされた父の御子にある。全ての人々に救いをもたらし、神の恵みが現れた。救い主、イエス・キリスト 肉としての命が生まれたのである。死に対する恐怖をなくす永遠の約束の喜びをもたらす。キリスト=マリアの子=主である。地上に生きている全ての永遠からの存在である。歴史の唯一の出来事である。これ以上偉大なことはないのである

神=人間として生まれた幼子エス・キリストが人間として私達の間に来られた。永遠の神が人となられた神なのである。神=いのち=一緒に住んでいる、もはや孤独ではない。私達を慰め新しい生き方を教えるのである。人類の運命は、一緒に住んでいて導かれ方向づけるのである。私達の罪を赦すだけでなく、心に住むためにイエスの誕生があるのである。私達を愛し、支え、導いておられる。神に心を向けて感謝したいものです。

御言葉は人となり、われわれのうちに宿る。その栄光を見た教会はイエスの御心を思いおこさせる。人間の手を持って働き、考え、行動し処女マリアから生まれわれわれの一人となる。罪を除いて一人であり、われわれと同じなのである。私達の希望を、恐れ、試練、全てを知っているのである。クリスマスに於いて特に、イエス様が近くにいてくださる。絶えず私達を愛し、見守り、信仰の恵みによって感じることができる。小さくなっているイエスが私達のために私達と共におられるのです。

生まれたてのイエスは、宿がなく追い出されたのである。ベツレヘムの馬小屋で生まれたイエスの誕生こそ、全ての人類の救いの神である。あなたの人生、生き方、全てに関係のあることです。ミサ中の聖体拝慮は、神から人生をひっくり返すほど信仰の恵みを持って愛してくださっているのです

味わったこと、見聞きしたこと、一人でも多くの人に伝えてあげてください神の子キリスト全ての人類の人に平和と救いの道を!!主の誕生として証人として今夜、今ここに集まってきたのである神の愛、恵みと祝福を皆に伝え、羊かいのように残りの肉としての人生を歩んでいきなさい。

クリスマス=マス=ミサの意味である。イエス様の生まれた時間が気になって、聞いてみた。そう、イエス様に・・・答えは、クリスマスミサ中に幼子が泣き叫んだ瞬間である。いちごはすかさず時計をみた。午後19時40分である。この時がそう御子イエス・キリストの誕生の瞬間であった。

クリスマスミサ中、いちごはなぜかイエス様の十字架を幼子を抱いているかのように持っていた。そう、そして我子への思いをはせる時が聖歌を歌っている最中に流れた。ハンカチ、バックから出さないと・・・でも一番前の席でこのままでいい。イエス様に全て委ねているから、時間が経つに連れて涙が全て乾いていた。これってイエス様のなさる業だと想うし、ミサ後のパーティでも誰もこぼして雑巾って騒ぐ事はない。これは、先日の大分教会でも感じていたこと。いちごの経験から言って運動会等の行事で子供達がいる場面では必ず雑巾を持っていないと必ず誰かがこぼすことは知っている。

それが全くないというのはまさに神が働いているとしか思えない

でもこんなにすばらしい優しい愛をいつも送り見守ってくれているイエス様に本当に感謝であるし、

お誕生おめでとうございます。”

”これからもずっとずっとイエス様についていきます。”

| | コメント (0) | トラックバック (0)

主日のミサ

今日は、主日のミサ。いつものように神様に朝起こしていただいたありがたい。こんないちごでも神は決して見捨てない。そう、今朝も生きていた。いちごは、いつ肉が消えてもいいと想っている。

待降節第4主日 エリザベトとマリア ルカ1 43より

”わたしのお母さまがわたしのところに来てくださるとは・・・”

”主がおっしゃったこと必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。”

今日は、降誕祭の祝日です。集約の日であり、聖霊を通して働かれる父の選びを体験し、御子の母となられたマリアの話です。マリアのエリザベト訪問、マリアは全人類に先立って祝福された人、大天使ガブリエルから告げられた。主があなたと共におられる。天地の挨拶、神の祝福がマリアの元に届いた。人間の思いをはるかに超えた救いの計画が始まっている。人間が理解する事は難しい。イエスと共に歩みを始めたマリアの人生、神のみ旨を探し求め、境界線を越えたもの、自分の地を離れて異郷で過ごすこと、喜びにかられて急いで旅立った。旅路の間も自分の身に起こった事を思いめぐらし、歩いている。自分の事は還りみず、エリザベト、王様の手伝いをするためにくる。

ルカの福音はそれまで洗礼者ヨハネを別々にしてきたが主の母マリアエリザベトを一緒にした神に満たされたマリアは急いで高いところを目指していく。聖霊の交わりは何も恐れるものはない。主の実存の結果はすぐに現れた。胎内で喜び踊る。創世記”ヤコブとエサウ”の誕生の物語と同じである。

聖霊に満たされて賛美を讃え、喜び踊る。ヨハネは先に恵みを頂いていた。神秘の力によって踊った。女は女の到来を、子は子の到来を感じたのである。受けた恵みについて語る。いつくしみの心理を実現する二重の秘跡(母達)によって霊に満たされる。マリアの偉大さを讃え、メシアの到来を宣言する

”あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。”

マリアの訪問を喜び祝福の言葉を送りました。喜びの分かち合いと神への賛美が書かれている、エリザベトは子供ができない位年をとっていた。およそ70~75歳くらいであったそうです。洗礼者(先駆者とも言う)ヨハネの誕生、大天使ガブリエルがザカリアにヨハネの誕生を告げた場面では、その子はあなたにとって喜び楽しみとなる。多くの人の喜び、誕生となる。2人の物語はルカによって祝福=喜びすばらしく書かれています。ヨハネ=喜び・楽しみのあかしヨハネについての喜びは救い主キリストの誕生こそ最高の喜びである。お告げの天使の言葉により主のご降誕の時、羊飼いに恐れることはない。マリアはエリザベトに神の祝福を喜び分かち合う。主から言われたことが実現したとエリザベトが告げた。

イエス=御父から与えられ救うもの、主にプロテスタントの呼び方。

イエズス=救うもの、救い主、古くからのカトリックの呼び方。

どちらで呼んでもよいが聖書を作成する時、カトリックが譲ってイエスと呼ぶようになった。

キリスト=油を注がれたもの(クリズマ)王座=王様、聖神界の王様。

救い主イエス・キリストの誕生こそ最高の喜びである。紀元昔むかしの日々にさかのぼり、一人の夫人より生まれる。マリアの子であり、神の子、永遠から存在されたこの方は私より先に存在しているとヨハネはわかっていたのである。パウロ、私はあなたのみ旨を行うためにくる=キリストの御体=捧げもの=人類は聖とされる。

主のご降誕を前にして願いを求めてマリア様の元におきましょう。自分、家族、小教区、教会、地域の為、全人類の為祈りを捧げましょう。どんな小さな祈りでも良いのである。全ての人に祝福を与えましょう!!

以上、大分明野教会、サレジオ会所属神父様の説教&いちごの聖書の勉強会より

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年12月24日 (日)

いちごの御心

いちごは、日々イエス様からのお恵みとして書ききれない位の奇跡をいただいております。心から賛美と感謝を捧げます私の愛するイエス様・・・昨日は、約4時間ほどの黙想のロザリオをした。どこにいくのかな?マリア・ステファノのおばあちゃんの所へクリスマスプレゼントを届けなくちゃ・・・そんな事を想いながら、荷物を持ち黙想しながらロザリオを唱え歩く!!

主の祈り・・・マリア様の祈り・・・詠唱、更に・・・。足の導かれるままに歩く。体は全てイエス様の意向のままに今を生かされている。向かった先は、先日もお祈りに行った大分キリシタン殉教公園だった。やはり、そうかな・・・と思いつつ、入り口でご挨拶・・・ベルナデッタ様の映画でみた挨拶をいつの間にか身につけている自分。うーん、私の知識で考えても悩んでもわからない。

いつもの記念碑の前でひざまずいて、しばし沈黙する。ここではるか昔の出来事が浮かんでくる。信仰一筋に命を落としてもイエス様の愛を信じておられた方々。私には、できるかな?現実に・・・でも昨夜、祈った。

イエス様、もう私はこの世の命、肉体もいりません。マリア・ステファノの病気さえ治れば私の命、あなたに全てお捧げします。とそう祈っていた。明日朝、目が覚めなくても魂は永遠のものだからもう充分です。そう想って語っていた。でも、今朝目が覚めた。あー私はまだ生きている。神様は、まだ私の体をお召しにならないのだ。

<大分キリシタン殉教公園の由来>

国主大友宗麟が保護したため、キリスト教が目覚しく繁栄したところ、禁断の嵐が吹きすさんで被害が大きく県下至るところに尊い殉教の血が流された。ここ葛木附近、寛文年間1661~1673年に84歳~14歳の少女までおよそ200人のいたましい殉教者を出した。信仰一筋に生き抜いてついに殉教者として、天に召された。この世的には葬儀も墓もなく史実や名前さえも定かでないものが少なくない。この”獄門原”の地に公園を作り記念碑を建てた。

そうである。皆様の御心を想う時、本当に心が苦しくなります。大分教会でさえもあそこには、幽霊が出るなどと噂がある様子。でも、そんなカトリックを本当に勉強しているのであれば幽霊なるものは、存在しないってわかっているはずじゃないのかな・・・??いちごは、マリア・ステファノから多くの教育を受けているので、幽霊、霊媒なるものはこの世には存在しないってわかっているし、この公園に私が何度も呼ばれているのは祈りを捧げて欲しいと願っているからである。今年夏、この地で追悼記念ミサが行われた時もいちごは、なぜか徒歩で参加している。でも、全く疲れを知らないときであった事を思いだした。そう、昨日も何キロ徒歩したのかさえわからない。もうほとほと疲れが出てきてあたりも暗くなってきた時、歩くのを止めた。そして、天の父に祈りをした

神様、本当に御心ならばおばあちゃんの所へ導いてください。そして、間もなく歩き出した。うんうん。確か、このあたりだった・・・そうそう。あったー。やっと辿りついたのである。何ヶ月ぶりであったおばあちゃんは、体力がかなり消耗していて利き手の右手がしびれて動かなくかってさえいた。ちょうど、夕飯時だったので介護をしてもらっていつも食事をとっていると聞いて私が出来る事、おばあちゃんに食事を食べさせる事をした。人に食べさせるのって難しい。そう我子を育てていた時、その後、実母が入院して手術をして、食べさせて以来であった。でも何とか食事は終わった。よかった!!おばあちゃんから、いちごの好きないちごをクリスマスにっていただいた。わあー、この前からずっと食べたかったけれどまだいちごは高いので買えないのを神様はちゃんとわかってくれていたのである。おばあちゃんとは、話が尽きないのであるが夜も深まってくると心配だから帰宅したほうがいいって促されて・・・じゃあ、今度は我子を連れてきますって約束をして歩き出した。帰り道は暗い、寒いけれどもいちごの心は温かである。だから黙想しながらロザリオして徒歩に進む。帰りは、一番近道を案内してくれた。まさに神に感謝であった。いちごは、方向音痴であるゆえに神様にお願いして連れていっていただいた。

† 私の愛するイエス様、これからもずっとずっと着いていきます †

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月23日 (土)

マリア・ステファノからの御言葉

日々の生活で様々な事がありすぎて 何をどう書いたらいいのかさえ、判断つかないいちごです。でも、きっとこの生き方は 神様からのお導きだとそう信じておりますし、 いちごの心に刻まれた この霊印は生涯消える事はありません。

”他人からして欲しいと思うことを あなた達も他人に行いなさい。”

これってとても難しい。 頭では、 理解していても実行するのは 本当に大変ですね。

 罪深い女を赦す ルカ7

”赦されることの少ない者は 愛することも少ない”

赦すという事は 「赦さない」ことに比べて 大変に難しいことである。 「赦さない人」の所に どうして人が 集まってくるであろうか? 皆、人は赦してもらいたがっている。 それが、 一番大切である。 「赦される人」は、 自分の改心、回心を示す。 改心、回心が少なければ 「愛」 もやって来ない。

 神殿の清め マカバイ記 二10

”彼らは、チュルソス、実をつけた枝、更にはしゅろの葉をかざし、御座の清め”

神殿は 人間の他の神殿と思われる。 枝=チュルソス(枝の名前) は枝の日の象徴 と思われる。 福音的に枝、 チュルソスを 神の福音と 示しているのである。

神殿の清めは、 枝の葉である。 これをかざり、 1年を過ごす。同時に、 チュルソス=枝として しゅろの葉をかざり 神聖なものとして 主を清める。 神様 (主)を 聖なるものとして 受け入れる。  

これは、難しい! ギブアップかな??  難しすぎる!でも、 こんなすばらしい 御言葉で説明してくれました。

とは 神であり、あなたのは 私に伝わる。 アンナいちごさん、 あなたは神の遣いであると 思う”

いえいえ、それはマリア・ステファノがこんなすばらしい信仰を 私に教えてくれたから 今ここに救いがあると思っております。私は、あなたに 心から賛美と感謝を 捧げます☆

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月20日 (水)

私とあなた達の潔白

私の特に愛する子らよ、今日ここで私は、暖かい太陽とこの地を囲む高い山々の、潔白さを思わせる雪の輝かしい1日を望みました。ここにあなた達の天の母の祝された家があるのです。私は、母としての光であなた達を包み、私の汚れなき心から出る光であなた達を照らします。あなた達をますます清くするよう、私の天上のマントであなた達を被います。

私は、潔白の母です。

私は、終生乙女である母です。私は無原罪の潔白聖三位の光をこの世に反射する天の輝き、夜を終わらせる曙、あなた達から全ての罪を遠ざける恵みの母、あなた達の全ての傷を癒す甘美なバルサムである

天国の薬です。

私は、全て美しく、全く清く、全く清い母です。

私の清さは、まず何よりも思いの潔白です。ああ、私の知性は、常に主のみ旨を求め、黙想し、守り、これに生きる事を志向していました。その御言葉を私の素直さ私の処女性を持って受け入れました。私は常にその全てを理解し、守るように努めました。神の上智の賜物を受けるためにだけ開かれていた私の思いは、生涯、疑いや間違いの遠い影すら、その完全な処女性をかげらせた事はありません。

この私の思いの清さは、私を最も奥深い心の潔白に至らせる道となりました。私の心は、三位一体の園で、私が受け、かつ完全に交換し合った神の愛である太陽のもとに培われた、被造物であるものの処女性と母性の熱情をもって、神の愛を受け入れ、また神にこれを返すためにのみ備えられました。

どんな人の心も、あなた達の天の母の心がしたように愛する事は決してできません。この心こそ、周囲に天的な潔白と美しさと香りを溢れさせるために、その花びらを開いたのです。この為に

私は心の清い人を特に愛される谷間の白百合であるお方の

肉と血をつくる事が出来たのです。

また私は、最も清く隣人を愛しました。イエズスに次いで、あなた方の母の心ほどに人類を愛する事のできる被造物はありません。この全ての人々に対する完全な愛は、神の、また全世界の母としての役目を溢れ出させる奥深い内心の泉に源を発するのです。心の清さによって、あなた達は、私と一緒に、私の生涯のもっと深い所へ入り、私がどんなに清い魂の持ち主であったかを知るのです。

は、どんな小さな罪の影にでもかかり、または被われると

汚れを受けます。最も小さな小罪でも、その純白さを滲ませ、光の輝きを摘み取り弱めるのです。

私は特別な特権を持って原罪をまぬがれ、お恵みに満たされました。私の全存在の間、私の魂は、一瞬の時足りとも、小罪といえども罪によって弱められた事は決してありません。完全に輝き、完全に美しく、完全に潔白でした。

神から作られた全ての魂がであり、高められて神の神聖にあずかり、三位一体の光を映すのですが、どんな魂も、父と子と聖霊の輝きを、とぎすまされた鏡であるあなた達の天の母の魂が映したと同じには、決してできない事を悟りなさい。

思いと心と魂の完全な潔白の貴い宝を包むべき被いは、この私の体でした。それで私の体も全部が完全な清さの光で包まれていたのです。

私は、体の清いものでした。

それは不潔のどんな小さな罪からも犯されず、常に守られただけではなく、主はその中に不思議な方法をもって、その神の傑作を輝かそうとおぼしめされたのです。

私の体は、その母性の役目から、子を生み出す時に開かれ、処女性を失う事になるはずでしたが、しかし特別な特権によってその完全さは少しも損なわれませんでした。このようにして、私は私の子をあなた達に与えて、しかも乙女の体は無償にとどまり、そのために、私が母となった時にも常に乙女の光栄を保ちました。

私は出産の前に乙女でした

これが私に起こったのは、聖霊の御働きによってのみ行われたものであったからです。

私は出産の時にも乙女でした。

それは、聖三位の御働きが全うされた時だったからで神の光のうちに、その神秘の中において、また神のみの御前において、私の神である子の出産の神秘が行われたのでした。

私は出産の後にも乙女でした。

私のいとも清い体のうるわしさを何一つ乱すものはありませんでした。あなた方の天の母の汚れなき魂は、聖三位の至聖なる輝きを完全に映すように定められていましたので、私の体には、それを守る使命が与えられていたのです。

私のこの特権を、今日たくさんの人たちが、簡単にまた平気で否定するのです。あなた達は、これを常に主張し、守ってください

またあなた達全てが清くあって欲しい。

現在、若者や、成長期の者達の心に、しかも神に捧げられた者の心にまでも、この徳が教えられなくなっていて、私の心は、大きく痛んでいます。この偽りの自由の名目で、この天的な輝きを魂から取り去る行動を、人々に教える人さえもいます。

あなた達の天の母が、現在、多くの司祭と、神に奉献された人々の生活が不潔になって枯死してしまったのを見て、どれほど悲しんでいるでしょうか。この恐るべきともいうべきものが、至るところにはびこっているのです。あなた達が神の御計画を理解し得なくなり、天の母の声を素直に聞くために、単純な小さなものになり得ない理由は、ここにあります。

清い人達にのみ神の御国の神秘が開かれます。

☆思いの清い人に。

神の御計画を知り、謙虚に受けいれるからです。

☆心の清い人に。

物事や被造物また、あなた達の人間的な限られた理性知性によって選び、判断させようとして、私の光を受ける事を妨げる自分の考え方を離れるからです。

☆魂の清い人に。

あなた達の中にある神の光を陰らせ、神の神秘を受け入れる事を不可能にしてしまう、あらゆる罪の小さな陰からも逃れるからです。

☆体の清い人に。

独身生活または貞潔の誓願をもって神に身を捧げ、十字架上のイエズスの御体に、より似たものとなり、私の栄光の体を包む、無限罪の光に照らされるからです。

☆特に愛された子らよ。

私は皆が思い、心、魂と体が、美しさを極めるあなた達の母に似る事を望みます。あなた達は、恨みと憎しみの溢れる現在の世界で、人々の魂を温め、神の生命に開かせるために天下る太陽の光でありなさい。現代の人類に現れた恐るべき雲の中に、あなた達は一条の天の青空を覗かせて下さい。世界が泥沼への行進となり、腐敗した中で、あなた達は潔白の鏡となりなさい

これによって世界が自らを映し、次第に新しい花園に変わるための助けとなるでしょう。

☆私の特に愛される子らよ。

こうしてのみ、あなた達は、私の汚れなき心からくる光となり、あなた達が生きる恐るべき清めの時を照らし、全ての人々に私の現存と私の勝利の確かな印(しるし)を提供する事ができるのです。

† 父と子と聖霊のみ名によって、あなた方を祝福します。†

  1985年 カステルモンテの巡礼堂(ウディネ)

 ロザリオの祈りの後 聖母から最愛の子司祭たちへ

                 司祭のマリア運動より

| | コメント (0) | トラックバック (1)

† 黙想のロザリオ †

今日は、火曜日、いちごは地元の教会での

セブンステップの勉強会だった。でもここの所

マリア・ステファノの入院とかで数ヶ月さぼって

いた。先週から夫のお母さんが参加、やっぱり

参加してよかったわよーの声にいちごも

心が動く。先週も行きたくて予定にセブン

ステップ参加と書いておいたのに、市役所関係の

手続きで時間がかかり参加できなかった。

今日は、今年最後だそうで・・・そんな事聞いたら

ますます行かなくちゃ・・・でも、その前に

いちごのなすべき事が山ほどある

こんな時間になってしまったし…大丈夫かな?

† 今日こそ、イエス様、参加させてください †

大急ぎであったが、いちごの予定は早く

早くの叫びに答えてくださるかのように

順調に進んでいった。まるで、いや神業としか

思えない・・・一度自宅へ帰り、買い物を下ろし

さあ、これからはあなたの自由意志である。

車でも徒歩でもどちらでもいいから行きなさい!

そう、イエス様に言われた。うーん、そうね。

迷う時間もない、いちごはリュックに聖書

詰めて徒歩の道を選択し、急げ、急げと

いつでもどこでもロザリオを・・・しながら

歩く!!きっと、今までで最高記録だった

かもしれない。昨日も同じ道を徒歩している。

2キロ弱の山道、そういちごの近くの教会は

山のてっぺんにそびえ経っている。そこから

南国大分を見守っているイエス様が両手を

広げて待っているのである。このイエス様に

逢いたくて・・・何度足を運んだ事か…!!

もうダイブ中身は進んでいたが、教会の人

ってみんな親切、聖書よかったらどうぞって

見せてくれた。ありがたい。神に感謝!!

でも、マイ聖書持参しておりますので・・・

でも、この見せてくれた方、実は耳も

補聴器使用で目もよく見えない方なのに

全て神様に委ねて今を生きている方

心優しく美しい方なのである。今年夏、

耳が全く聞こえない状況になり、入院

そして、みんながこの方の為にひたすら

祈った。天の父に祈りが通じたのかこの

方は、約1ヶ月程で自分の声も耳も聞こえる

ようになったこれって奇跡?!

生まれた時から障害があって5歳まで生きて

いられないと宣告を受けていたこの女性、

今はなんと30代後半である。小柄で可愛くて

優しさが伝わってくる。お隣に座っている

だけで心が和らぐ。本当に心が清い方で

ある。今日は、引退司教様が体調不良の

ためお休みだったがいちごの聖書の先生

参加している。先生の語り口調は、元小学校

の先生だったから洗礼名がマリア様だけあって

本当にお優しい・・・聞いているだけで心が

癒される。そんな中で先週の反省は・・・!

先週の目標は、イエス様へのクリスマス

プレゼントだそうだ。そう、いちごはイエス様へ

深い深い愛の祈りをプレゼントと決めて

実行している。だってロザリオをしている時

イエス様のご生涯を想う時、どんなにお辛く

苦しかったか、そしてそれを見ているである

マリア様御心を想う時どんなにか悲しく

お辛い生涯であったかと想像していると

涙が出てくる。だから

司祭のマリア運動にも

参加しているし(カトリックです)、

夫君の洗礼名にマリア様が

ついているから特にひいき目なのかも

しれない。夫君はマリア様私は愛するイエス様

本当にどちらも素晴らしく母と子であると想う!

終了してから夫君のお母さんと徒歩で家まで

夕暮れだったけれどそんなに寒くなかったし

気持ちがいい・・・こんな時間って大切よね!

でもお母さんは自転車を押していたので

鉄クズ捨ててしまいたい位重かったかも

しれない。でもたまには、徒歩もいいわ!

って言って夕食後、定期便の電話がある

ので早めに自宅へ・・・もう夜であるし

あたりは真っ暗!そこで奇跡が起きた。

いちごは、いつもマイカーの運転をイエス様に

してもらっていると先日、サイトで書いたが

今日は、代わりに歩いてもらったのである

それは・・・いちごは全て委ねたのならと

全身の力を抜いて歩き出した。重くなるかと

思ったが意外に軽くなった。え?それなら

もっと委ねてみようと目をつぶってみた。

そして、徒歩は続く、その間、ロザリオは

ずっとずっと続けていた。え?目を開けて

いなくてもいいの?そう、これって現実?

そうである。間違いない・・・途中の信号で

赤で止まった。なら青に変わったらきっと

歩き出すと思ってずっと目をつぶっていた

そしたら、背中を押されて歩き出した

その瞬間目を開けたら信号が青になって

いた。そうイエス様が代わりに歩いて

くれていたいちごはロザリオを祈って

いるだけで心はすっかり眠っていたかの

ように癒されていた。実家より自宅まで

約3キロ弱の山道・・・全く疲れもなく

眠っていたような感覚。これって何だろう。

誰に聞いたらいいのかな?目をつぶって

いてもイエス様はちゃんと道を導いて

くれていた。ありがたい、本当にありがとう!

いちごの周りには、不思議な事がいっぱい、

そうイエス様は確かにまっすぐを向いていた

のに夜中に動いている。いちごの眠っている

方を見ている。これは、夫にも何度も確認

しているし、動かしてもいないと言う。

先日頂いたルルドのベルナデッタ様とマリア

様のメダイの入っているろうそく・・・かなり

重みがある、でもでも、いちごの方を向いて

いる。こんなろうそくって動くのかな?

自分の知識で考えてもわからない。どうして?

なぜ?この浮世離れした世界がカトリックなの

かもしれない。そう晴佐久神父様の本には

書いてあった。その浮世離れした世界を

理解できる、信じる人にこそ救いの道が待って

いるようだ。きっといちごをあまりに哀れに

思ってイエス様がいつも一緒なのだと思う。

でも、現実は信者じゃなくてもいい。登録なんて

しなくてもいい。晴佐久神父様がおっしゃった

御言葉、天の国ではしっかりと登録されて

いますからねって・・・そう、いちごは信じない

訳がない。このマリア・ステファノ家を救ったのは

紛れもなくあなたの信仰があなたを救ったの

と思うし本当に心から信じている。

私の大切な愛するイエス様、明日も聖書の

勉強会があります。また徒歩で伺います

どうかまたお導きをお願い致します。

♪キリストがいる♪キリストの祝福♪

† 私は、イエス・キリスト様を信じます †

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月19日 (火)

キリストがいる!!

先日の大分教会でミサ後にクリスマス前の

お楽しみ会があり、いちごは参加した。

併設されている幼稚園で行われたが

様々な気付きがあった。日本文化のすばらしさ

を学んだし、お茶の心得…着物を着て

おられるご婦人がいてよくお見かけするので

思わず声をかけた!いちごの好きな色ピンクの

お着物を着られていてとてもお似合いであった。

このご婦人何か違うと感じていたが、お茶の

先生であった。いちごは、全く経験がないので

作法を教えて頂いた。とても優しく丁寧に…

うーんいいねえー。予約はしていなかったが

飛び入りでもお茶はいいですってお抹茶と

お菓子…まるでご聖体みたいなお菓子だった。

2枚のご聖体の間にゆずじゃむがはさんであった。

とても美味しかった。会場では毎年恒例子供達の

劇が披露されていた。聖書の福音のどこかな?

内容は、とても感激、子供達が福音を演技する

なんてすばらしいと思った。終了後、シスターに

先ほどの劇は、聖書のどこの箇所か聞いてみた。

親切なシスターは聖書持ってきてくれてここよ

って教えて貸してくれた。

ルカによる福音書19 1-10 

徴税人ザアカイの改心

人の子が来たのは、失われたものを

捜し救うためである

やはりここでも改心、回心なのですね。

大切なのは、神様からの恵みである。

イエスは、いつでも何でも聞いてあげるから

いつでもどこでもあなた方と一緒にいる。

神の恵み、この世が豊かに実り多くなり

ますように心から賛美と感謝を捧げます。

罪汚れを知らない子供達、この子達このまま

まっすぐに神を信じて生きて欲しい。

クリスマスに年齢は関係ない、皆が主の誕生を

祝ってくれればそれで良い。日本の文化をよく

楽しみなさい。どれもこれも皆、心がこもって

いるから美味しいのである。

救いの御言葉を私に聴かせてください♪

憩いの御言葉を私に聴かせてください♪

♪小さな人々、一人一人の中にキリストがいる

貧しい人だから寒い時でもいつもどこにも

キリストがいる♪

マリア会(いつでもどこでも準備をしている)

ヨゼフ会(その場で充分である)それぞれの

聖歌より心に残った御言葉です☆

最後にビンゴゲームをした。皆さん、ビンゴ

ゲームってANGEL天使のゲームだって

ご存知でしたか?カードにANGELの贈り物

って書いてありました。今まで全く気が

つかなかったいちごでしたが、確かに

みんなに夢と希望がもたらされる時間です

よね?どきどきハラハラしながらもまだ

かな?って当たれーって待っている。

まさに神に祈る瞬間でしょうか・・・。

いちごもきっと私に必要なものを与えて

くださるってそう思っていました。

ビンゴになってここでは、好きな商品を

持っていけるのです。いちごは、迷わず

手作りの心がこもったお薬のケースと

ロザリオのケース頂いてきました。

そう、いちごのロザリオのケースは、

イエス様(十字架)がはみ出して

しまうのでどこへいったかいつも捜すのを

ちゃんとわかってくれていたんですね。

教会で購入しようかといつも迷っている姿も

神様はちゃんと知っていたんですね!!

でも買えなかった、一人では決められない

からです。やはり、センスの良いマリア・

ステファノがいないと自分では決められない

のですね!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月18日 (月)

ご復活の喜びです。

今日、あなたたちは、御子イエズスのご復活の幸せな

時を生きている、あなたたちの天の母の喜びにあずか

っています。イエズスが、栄光に輝く御体をもって、

私に近づき、その御腕の、貫かれた御心に抱きしめ

られるその瞬間!私のあらゆる苦しみは消え、全ての

傷は閉じられます。イエズスの御心から、非常に強い

光の泉が出て、私を完全に包みます。私をはかり

得ない幸せの海に沈めてゆきます。

その栄光に満ちた神々しい御体の輝きのうちにあって

私の御子のなんと美しい!侮辱され、打たれ、

鞭打たれ、傷つけられ、茨と釘に貫かれ、十字架に

釘づけられて死に十字架からおろされた墓の中に

横たえられた、あの時の御体に対する追憶は、

既に消されています。今、その御体は威光と

力に包まれ、神としての美しさに輝きながら

光と能力を放ち、超越した光線の注ぎにおいて、

命と平和の新しい和合をもたらし、私の母としての

苦しみのあらゆる傷を閉じる、優しい愛撫となって

います。御子と母は、再び唯一の喜びに結ばれます。

<ご復活の喜びです。>

この喜びは、御父のご計画に従って新たにされた

人類を包んでいます。

<ご復活の喜びです。>

この喜びは、イエズスの血まみれのいけにえで新た

にされ、贖われた全被造物の上に下ります。

<ご復活の喜びです。>

この喜びは、黄泉にまで下って、そこで待っていた

全ての義人達の霊魂を死の暗闇から開放します。

<ご復活の喜びです。>

この喜びは、天の御父のみ腕の中に、子として

戻ってきた全ての人を満たします。

<ご復活の喜びです。>

この喜びは、今日、ゲッセマニとカルヴァリオの時

に生きるように召されている教会の苦しい旅路を

喜びに変えます。

<ご復活の喜びです。>

この喜びにこそ、私の全ての子らの心の中に

入ります。これによって、私の子らは、清めと大困難の

苦しみの時を生きるために、慰めと励ましを受けます。

<ご復活の喜びです。>

この喜びは、あなたたちの希望を照らし、全ての人の

偉大な期待に確かな返事を与えます。

<ご復活の喜びです。>

この喜びは、あなたたちの時代に入って、全ての歴史

を通じて最も大いなる出来事に対して備えるのです。

なぜなら、イエズスがあなたたちの間にご自分の王国

を再建なさるために、栄光のうちに戻ってこられる

その時、ご復活の喜びがはじめて完全な実現を

みるはずであるからです。こうして、あなたたちは皆、

御父のみ旨を実現させて、神なる至三位一体に

完全な栄光を帰するでしょう。 

1994年カポリヴェリ市 

聖母から司祭へ  司祭のマリア運動より

| | コメント (0) | トラックバック (0)

キリスト者同士?の大喧嘩

私達夫婦は、キリスト者?

いえ、信者ではありません

だって、私、いちごはどこにも信者どころか

求道者としても登録していません。

そう、だから主日のミサでの赦しの秘跡に

与れないんです身も心もきれいに…

信者どころか求道者でもない人には無理。

そんなところへ喧嘩の材料を発見

私の中で怒りが頂点に達した天と地が

怒り狂う位の勢いのすごさだった!!

いつもの時間より先に電話が相変わらず

コール、コレクトは拒否した。でも、次に

かかってきた電話でいきなり喧嘩を売った。

見事にマリア・ステファノは買った。そう。

今度こそ・・・もう追い詰められていちごは

だめであるし、病院へも警察へも電話した。

私は死にます・・・全て命を捧げます

マリア・ステファノの行動がどうしてもいちごの

中で赦せないいくら謝ってもらってもお金を

もらっても私の心の傷はもう消えない

そう・・・このまま命の炎が消えるまでじっと

そっとしていようか!!警察から電話がある。

南国の人は、心が温かいし、優しい。

いちごは、関東で育って生きてきたせいか

いつも早く早くと心の中で叫びをあげて

今も走り続けている。だってだってこんなに

たくさんの事、私には無理です。神様に

祈ってお願いしてみた確かにお導きは

頂いている。でも夫の裏切りがどうしても

いちごの中で赦せないのである

どうして私にこんなに重い十字架を背負って

いるのか??私は、大罪人かもしれない。

だからかもしれない。でもいい。これ以上の

十字架はもう無理ですし、心が病んでしまって

いる。何度か電話でやりとりの中で…

ふと我にかえる。今、元夫はどうなっているか

マリア・ステファノの予感では、きっとこの時間に

何かが起きている。そう言う・・・うーーん

よく考えてみたが、思い悩んでみたがこんな

激情するなんて自分でもおかしいそうサタンの

誘惑に見事に囚われてしまっている。

ばかげている。今すぐ、サタンよ、この世界から

去りなさい、主イエス・キリストの命令である。

もう怖いものはない。きっと天と地が想像を絶する

ほどのお天気になるであろう。その位、私達

夫婦の怒りはすごかったし、今までにない大喧嘩

だった。

先日も娘に近づいているサタンに向かって命令した

サタンよ、去れ!!そのとたん、今週の聖書と典礼が

燃え出した。慌てて火を消そうとしたがきえず、キッチン

まで持っていき半分燃えて消えた。きっとサタンは、

去っていったと思う。娘に近づくサタンは、母が絶対

赦さないし、愛の祈りで勝利を得る。それが母であると

思うし、我子を絶対守る。もうお前たちの言いなりには

ならない。我子は、母の元へ連れてくる。愛の祈りで

絶対、イエス・キリスト様が守ってくださる。そう信じて

これからも生きていきます。

主イエス・キリストのみ名によって命令する。

今すぐ、サタンよ去れ!!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年12月17日 (日)

大分教会での初主日ミサ

今日は、大分教会での初めての主日のミサ

参加した。友人のお導きにより、また様々な

気付き、出会い、回心があった。

待降節第3主日 ルカ3.16より

わたしはあなたたちに水で洗礼を授けるが

わたしよりも優れた方が来られる。

今日の福音 喜びが旧約新約両方に書いて

ある。身を震わせながら期待をしている。

神があなたを私の方に向けて作られた。

1番は神様がが欲しいのである。大元は

神の元にいる。神様の元で安心して全て身を

委ねる事ができる。

シャローム→平和、こんにちわ、元気でしょうか?

イエス様は度々話された言葉、神との一致。

イザヤの予言、天よ、雲よ、露を滴らせ喜びの主日

喜べ、喜べ、有頂天ではなく本当の喜びは主の喜び

40数年前バチカン公会議で出来た待降節の意味。

マリア様からキリストが生まれた、しかし終末の神の

来臨に心を向け愛と喜びと希望を持とう悔い改めが

必要、トラピストの聖人ベルナデッタ様が保護聖人

世の初め。世の終わり。毎日主の心が信者に表れる。

ミサに与る事。マザーテレサは1日2回聖体を授ける。

1.朝。2.倒れ、施設で死にかかっている人を助ける

信仰生活が深いマザーテレサの教え。

主において喜びなさい。些細な事で思い悩むな。

患うのをやめた時全ての事は神の働きの中にある。

信頼し安心し神に全て任せなさい。口先だけでは

だめなのである。出来た事を起こった事をみ旨と

していただく。任せきって委ねきった時、喜びがある。

洗礼によって苦しみ悩みはなくなる事はない。

神の願いに思うならイエス様と共に苦しみを

分かち合っていく。小さな苦しみは消え、共に

喜び讃えよう。神は決して裏切らない。

喜びは神しか満たせないし本当のものである。

ペトロ、パウロは大きな神であるキリスト

苦しみに与れば与るほど大きな喜びに与れるし

本当の信仰である。喜び騒ぐな!苦しみが打ち

消される。パウロはイエス様と共に苦しみを

味わう事によって喜びに変わる。喜びの日

本当の喜び、矛盾しない喜びをわかっているか

どうか黙想して神のみ旨に従って過ごしましょう。

信仰=神を信じ愛し、仕える事、隣人を愛する事

つねに心の準備をしておきなさい。

年に一度は聖霊ドックに入りなさい。赦しの秘跡

与るように身も心もきれいにして主の誕生を待ち

望みましょう!!

以上、大分トラピスト修道院の神父様の説教より。

大分にて26年間夜景を見ていますがとてもすばらしい。

でも今までとは見る目が違う。大分教会はお御堂が

大きいので戸惑う事もありましたが緊張もありましたが

ミサは最高です。

大分トラピスト修道院男性だけなので世間には

女性もいるんだって(笑)修道院にルルドが出来ましたので

表の方にある大きな岩です。きっとこれから

巡礼の名所になると思います。皆様いつでもきて

下さい。聖ベルナデッタは待っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マリア様の御言葉

どうしてこんなに辛いのだろうか?あなた方は

いつも考えていないだろうか?この世界に於いて

たくさんのトラブルはある。しかし、あなた方が

祈る事によって永遠の命、神の国へ行く事

できる。しかし、これらの事は全てイエス・キリスト

名において祈ることキリストの見業として祈る

こと!本物のメッセージかどうか見分ける事。

サタンの誘惑は近づいている

神様は必要な時に必要なものを授けているから

である。洗礼の秘跡は有効である。あなた方は

完全な(パーフェクト)生活を送っているのである。

だから早く気がつきなさい。改心、回心する事です

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月16日 (土)

† クリスマスプレゼント †

昨日も書いたようにキリスト様からの

クリスマスプレゼントは、一足早くいちごの

元へやってきました。木曜日、久留米教会へ

マリア・ステファノの病院へ行く前にご挨拶

するとパイプオルガンのすばらしい音色が

迎えてくれた。わあーこれって私だけの為に

勝手に良いように受け止めるいちごです!

そんな中でお御堂でお祈りをする。やっぱり

ここの教会も落ち着いていいわ~って思い

ながらパイプオルガンのBGM付で感動。

クリスマス曲を練習されていたようでお声を

かけたら朝ミサに何度か参加しているので

姿は見かけたと言われ改めてご挨拶させて

いただきました。すばらしい・・・

その後、先日のMさんの所へお顔を出して

きた。ささやかな私からのクリスマスプレゼント

だってクロスのキリスト様がついているネックレス

差し上げました。キリストの祝福と言って…

そう、これは大分教会で手に入れたもの

そしてドミニコ 宮原司教様自らが祝別して

くださった尊いものと説明をしまして・・・

感謝と言われましてとんでもないです。

それから、実のと待ち合わせして久しぶりに

会う事ができました。先日の姪っ子ちゃんの

ママです。お仕事終わってからでもいちごが

くる時間にちゃんと携えてくださって本当に

神様に感謝でしたし、ここでは冬物の衣類を

手に入れました。これで巡礼の準備はOK

って言われているかのよう・・・!!

翌朝、いつものように遅れて朝ミサに参加

できましたが、そこでMさまからまた頂きもの

をしたのです。それは、なんとベルナデッタ様の

フランスのルルドへ巡礼に行った時の尊い

マリア様とベルナデッタ様のオメダイが入って

いるろうそくでした。オレンジ色でとてもきれいだし

とても火を灯す事なんてできません。見ている

だけで癒されるし、ベルナデッタ様のご生涯を

思う時信仰一筋に従順に生きてこられたのだと

感じる品でした。こんな貴重な尊い物を頂いて

本当になんとお礼を言っていいのかわかりません

あとは、夫が入院しているとお話してあるので

タオルを何かに使えるでしょうって頂きました。

本当に本当にあり難い事です。その後、自宅へ

朝食を一緒にって誘われるままに…そのお宅には

不思議な感じがして宝物がいっぱいあるような

気がしてなりません。そうも埃はかぶっていたもの

ご主人が亡くなってから捨てるにあげるにできない

お宝が眠っているのです。そこで3冊ほどお借り

できないかあつかましいお願いをしてみました。

いいわよって心よく差し上げますって下さったのです

えー本当にいいんですか?ありがたい。感謝です。

朝食を頂き、楽しい時間を過ごさせて頂きました。

更に驚いた事にルルドの洞窟から汲んできた

聖水を私に飲ませてくださったのです。実は、朝

薬を飲んでいなかったのでどうなるか心配でした

神様はこんなご計画だったのですね!!

ルルドの聖水は不思議な味がして岩から湧き出た

水という感じでした。その後、残りを全部あげるわって

頂いてきました。もう二度と行かなければ手に

入らない尊いものを頂いて本当にありがとうございます。

早速、夫の所へ持って行き、でも私の体調がすぐれず

入院している夫のベッドを借りてしばらく休んで

いました。が、患者さんがみんな訪れて私の体調が

悪いのを見てアーメン† って祈ってくれたんです

もちろん、夫も聖水をかけて私の為に祈っても

くれましたし、癒し系の音楽をかけてくれました。

この歌い手は、ヨハネ・パウロⅡ世、元教皇様だよ

ってうわー癒される・・・ルルドの聖水と音楽

すっかり元気を取り戻したいちごは朝からの

奇跡なる出来事をお話して夫に聖水全て置いて

きました。だって私は病気が治らなくても夫が

良くなればいい。そう思ったんです。

何もかも自分の物、自分の手のうちにおいて

おいたら神様からのお恵みはやってきません

それは、身を持って体験しているからです。

イエス・キリスト様からのクリスマス・プレゼント

いちごにとって本当に嬉しい嬉しい賜物でした。

追加で、亡き父から御言葉をテレジア様

伝えてくれました。仏教界からのメッセージ

与っています。生前、父からの俳句で

”子ら二人 娘いつしか 母となり”

どんな想いでこの俳句を作ったのでしょう。

いちごには、そんな才能も能力もないけれど

父からの愛は一杯頂いていたように想い

ます。その子ら二人、息子と娘がいますが

これからちゃんとあなたの御手で成長させて

おくれ、父は頼んだよとの御言葉でした。

ちょっと待って!!今は、我子は元夫

元で過ごしています。でもいろいろと苦労

かけている様子で、息子も娘もキリスト様に

命を助けてもらっているのです。今は、

全く連絡も取れないし逢えないけれどきっと

きっとあなた達が成長したら逢えるって母は

いつも祈っていました。その想いが通じた

のかもしれません。マリア・ステファノの予言

によりますと元夫に不幸があっていちごの

元へ我子たちが来ると言うのです。

本当かな??信じられない…でも、いつも

信じるものは救われるって言ってるし。

私の頭で考えても悩んでもわからない。

神のみぞ知る事…いつか娘セシリア

オルガン奉仕者になれたらいいって何度

想い祈った事か…今でもピアノは続けて

いるみたいだし、母が出来なかった

我娘セシリアに託します!!

本当に近い未来、我子に逢えたなら

高円寺教会へ我子を連れていき、主日の

ミサに参加させたいと今夜も祈り願ういちご

でした。† 神に感謝 †

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年12月15日 (金)

心からありがとう!!

皆様、この度はいちごの為に祈りをして

下さって本当にありがとうございました

お陰様でこの2日間、無事に過ごす事が

できました。そして、神様の言われている

事が理解できました。今週は改心、回心

そう自分の心を開いてよく見つめてみる

そんな時間だったのです。でも、ついつい

自分の事になるとわからない

それは、自由意志が働くためである。

自分で薬が必要ない時がわかっていても

どうしても薬に頼っています…これは、間違い

なくお薬依存症です。充分理解しているけれど

止められない!!

全て神様にお任せと言って

おきながら任せていないではないか?

よく反省して回心の意味を考えなさい!

そうよ、だから今日はあえてあなたをミサ

遅れて起こしたのよ。朝お薬を飲む時間が

なかったでしょ!!それはね、神がそうしたのよ

きっとあなたもわかっていたと思うけれどね。

でもあなたは、ミサに参加したい気持ちで

一杯だったし、歩きながらロザリオの祈りも

ちゃんとキリストには届いていたわ!だから私も

全力で取り次ぎの祈りをしたのよ!!

そして、パソコンのお友達もみんなあなたの為に

祈ってくれたのよ。だから言ったでしょ!あなたは、

一人で今はいると思っていてもみんなが一緒なのよ

そう、聖霊と天使と聖人に満たされて幸せな時間を

過ごしていたはずよ

今日のお恵みはキリストからの一足早いクリスマス

プレゼントなのよ!!どう?びっくりしたでしょ?

神は何でもできる。万能なのよ。これまで何度も言って

きたわよね?!もうそろそろきちんと理解する事よ

アンナいちごさん、いいわね!! 聖アンナより

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月14日 (木)

お薬依存症

いちごは、間違いなくお薬依存症である。

そう夫君の事はいえない位、いつも山程

薬を持ち歩いているし、飲んでいるし

じゃないと不安になる。早速、症状が

出てきたーー。どうしよう…。

いつでも様々な症状にあわせて薬のストック

あるけれど、今になってステロイドを内服するには

ちょっと抵抗がある。さっき、抗アレルギー剤

追加で2種類内服したばかり…でも、まだ効かない

そう、こうなると何を飲んでも効かないのである

明日は、夫君の病院へ行かなければいけないし、

実の姉とも会う約束をしているのに…!!

こんな時、神様、御心ならばわたしを救って

下さい。迷える子羊、いちごを救ってください。

もう私は、だめです。痒みに耐えられない…

あなたに私の全てを委ねます。そうだった。

今週は、回心、改心・・・それをきっと神様は

言われているのかもしれない。

考えても落ち込んでも悩んでもどうにも

ならないのに…!夜中の病院へ行っても

点滴や注射をしても治らないのは、経験して

いる事でもあるし…。

今日の原因は夫君の両親のとこでの夫婦喧嘩

を聞いていて自分が辛くなってしまったのだと

思う。うちの夫君、あなたに言いたい

電話依存症から早く開放されますように…

心から祈ります。私は、電話のベルがなる度に

心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

不安で電話しているのかもしれないけれど

それによってどんなに傷ついて恐れている人が

いるのかよく考えてほしい。いちごも電話は

嫌いになったし、携帯もいつもマナーモード

している。キリスト様、マリア様、ステファノ様、

アンナ様、どうかマリア・ステファノを救って

下さい。そして私達、世界中の人々に愛と平和

がもたらされますように…† 主の平和 †

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2006年12月13日 (水)

☆いちごの為に祈ってください☆

皆様、お願いがあります

いつもお世話になっております。

実はいちごの為にお祈りをして頂きたいのです!

それは、私の持病の薬が無くなるのです

私の自由意志が働く時、不安と恐怖でいっぱいに

なる。だってだって私、病気の塊なんだもの

そんな中で信仰を信じてここ数ヶ月いろいろあった

けれど生き伸びてきた。でも本当に心からイエス様の

愛を信じているし、様々な奇跡やお恵みを与えて

頂いているので日々感謝してもいます。

今日も神様の言うとおりに生きてきてたくさんの

お恵みがありました。でもでも…さっき気がついた

んですが、周囲に気を取られてばかりいたら

肝心の自分の病気の薬が切れてしまう事を…

どうしよう。明日は夫君の病院へ行かないと

いけないし、病院がお休みだったんです

だから神様に火曜日から病院へ行くと書いて

お願いしておいたのに…明日の夜は泊まり

だし、金曜日は夜遅いから病院はしまって

しまうし…でも、よく考えたら私の命も全て

神様にお捧げしますって書いているのは、

紛れもない私だし…そう思ったら早速ストレスで

持病が出てきた。どうしよう。もう、これは

サイトを見ている皆様にお願いするしか

ない。そう思いました。どうか、皆様私いちごの

為に神様に病気が酷くならないように

祈ってくださいそして、土曜日までお薬が

持ちますようにと祈ってください。

† いちごのお願いです †

主よ、哀れみたまえ!キリスト哀れみたまえ!

主よ、哀れみたまえ!キリスト我らを救いたまえ!!

| | コメント (7) | トラックバック (0)

本日の巡礼終了!

先ほども書いたように今日の大分教会での

様々な出会いは本当に尊いものであった

朝、一番で夫のお父さんが相談にやってきた。

うーん困ったねえ~。どうしたらいいのか??

人間が考えてもわからない。夫君の病院に

コールをして看護士さんにアドバイスを願う。

さすがは、プロである。的確なアドバイス

いただいた。そして、今日の祈り・・・

さあ、お腹も満たされたしレッツ・ゴー!!

マイカーで向かった先は、大分教会。

ここでいつものお御堂でご挨拶。その前に

入り口で聖水を…父と子と聖霊のみ名に

よって…とその時、小聖堂のドアが開いた。

中へ導かれた、明かりが点いていたので

何かあるのか?と思っていたが、ミサをしていた

のであった。それも英語のミサ…いちごは自慢じゃ

ないけれど英語は3級しか持っていないし

よくわからないわー!!でも、この神父様、

月に一度だけ名古屋からこのミサのためにいらして

いるのだそうです。フィリピン人のジュン神父様

そうです。途中、ミサの間も福音の間も日本語を

話して下さっていちごにはありがたいひと時でした。

「迷い出た羊」のたとえ マタイ18.12-14

あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹

持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、

九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を

捜しに行かないだろうか。はっきり言っておくが、

もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹

より、その一匹の事を喜ぶだろう。そのように、

これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなた

がたの天の御心ではない。

一人の羊、良い牧者である=イエス様、一匹の為に

捜しに行きます、罪びとである私達は神様に向かった

神の愛で全てなくなる!

九十九匹より一匹のためにいく

イエスの愛は無限、偉大である。

フィリピン人のジュン神父様の説教より。

英語で唱える部分はいちごは日本語で一緒に…

主の祈り、主の平和・・・そして聖体をいただいた。

嬉しい!こんなに聖体をいただける事が

ありがたいなんて!!私は、信者ともなんとも言って

いないのにこの神父様は迷わず聖体を授けてくだ

さったのです

本当にありがとうございます、心から感謝とお礼

ささげつつお話をさせて頂きました。

昨日のキリシタン公園の巡礼の話をした所、ご存知

なかったようで一度行ってみたいと

お話されておりました。

月に一度だけのこのジュン神父様のミサに与れる

なんて…まさに神に感謝でした!!

そして、皆様優しい方ばかりでまた

来月もお会いしましょう

ってお誘いいただきました。わおーこんなすばらしい

って…はい、喜んでぜひ参加させて頂きます。

そうお話してきました!!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年12月12日 (火)

晴佐久神父様の講演会

今日は、いちごはカトリック大分教会への巡礼

あった。そこでは、様々な出会いと感動があった。

まず、先日、宮崎県女性の集いで行われた

晴佐久神父様の講演会の記事を手に入れた。

カトリック大分教区報に掲載されている。

「希望はここにある」

宮崎県カトリック女性の集いが10/28、29延岡教会で

行われました。県内各教会はもちろん、大分からも

多数参加、184人が集まりました。初日の講和には

信者でない方も多数来られたと聞いています。

東京高円寺教会の晴佐久昌英神父様が

「希望はここにある」の演題で講和、

「ミサこそ究極の福音宣言である。宣言には

本質な力がある」

と独特の晴佐久節で事例を示しつつ、

分かり易く時にはユーモアを交えて楽しく力強く、

高揚した雰囲気で話されました。10分の休憩で後半が

終わると予定変更、神父様の提案で

ミサが行われました。

以下省略・・・この教区報には、晴佐久神父様の

お写真やいちごもマリア・ステファノもみんな一緒に

写っているのです。信者でない方っていちごの事か

なあ~・・・でもこの時、晴佐久神父様より初めて

ご聖体を頂いたのです。

これで聖体の秘跡は完了との夫よりの助言でした。

神に感謝!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今日の巡礼の旅

いちごは、全てイエス・キリスト様に身も

心も委ねました!だからもう自由意志は

そこそこにしておかないと…でも今朝、

目が覚めました。そう、まだ私の肉は

生きている。まだ神は私の肉をお召しに

ならないのだ。そう思った。朝から光が

差し込んで眩しい位、そうこんな日こそ

外へ出ていっぱいの神の光を浴びて元気を

取り戻さないと…昨日、買い物に行って

今日は午前のうちにお料理を!!最近、

入院している夫マリア・ステファノの所へ

いろいろと考えて自然のもの、味覚をとり戻して

もらうために私の手料理を持っていく

今、一番のお気に入りはお母さんの今年

漬けた梅干の様子。でもね、この夫君

食べ物を見ると動物のように無くなるまで全部

食べてしまうので今は、毎日のおやつに

3個づつ梅干を入れております。そして、

その中に今日の宿題、聖書の御言葉が入って

います。そう、私のわからない所を解説して

もらっているのです。さすが、信者歴長いから

説明もわかり易いし、いちごにはとうてい

考えつかない答えが返ってくる。うーん

なんでこんなにすばらしいんだろう!!

宿題を出すこちらが聖書を読むのに追われて

いる様子、これじゃ逆だわ!昨日もあんまり

追い詰められて電話で喧嘩を売ったが

夫君に見事に返されて買ってもらえなかった。

うーん残念思い切り喧嘩しようと思ったのに!

今度こそすっぱり言って切ってやろうと思った

のに…。

これを読んでいる皆様、”さぎ草の夢”

管理人さまである安寧さん、覚えていらっしゃい

ますか?昨夜も携帯にメールを頂いたんです。

ウフフ!嬉しかった、辛い時苦しい時悲しい時

いつもメールして励まして下さっていました。

そう、かつて福島でのお仕事で夜怖くて眠れない

もいつもメールで励ましてくれていたんです

強がり言ってても実は、怖かったし寂しかった

んですね。あの時、周囲で様々な音がして

本当に眠れなかった事を思い出します。でも、

生きているから今があるんです。もしかしたら、

神様のみ旨に叶うものであればお正月辺り

お会いできるかもしれないんです。そう安寧

さんに・・・いいでしょ?一緒にお会いした人は

いませんか?安寧さんは、本当に優しさ溢れる

素敵な方です。でもご自身今とても辛く苦しい

想いをされているご様子、けれど区切りが

ついたのでしょうね!イエス様、安寧さまに

お会いできる日を希望に持ち楽しみに

しております!!

さて、自由意志はそこそこにして今日は、

巡礼の旅が始まった。それは、徒歩での

巡礼、神の示す道は厳しく険しい、そう感じた

一日であった。そう、今いちごがしなければ

いけない事を日々メモする。そこから一日が

始まる。朝の祈り、作ったお料理を夫の実家へ

おすそ分け、片道2キロちょっとの徒歩、でも

その前に近くの教会へいわばご挨拶!!

両手を広げているイエス様、今日もお会いでき

ました。マリア様、恵み溢れる優しい御顔に

囲まれてしばしひざまづき、無心に祈る

心静かな癒しの時間、待っていたよ!

さあ、何でも聞いてあげるから話してごらん。

そういわれている様でいつも祈りながら涙が

出る。でも、心の全てを打ち明けると不思議と

心も体もすっきり、癒されているんですね

これがイエス様の真の愛とでもいいましょうか

それから実家へ…そこでは、リュックを手に入れた

そう徒歩では、荷物が邪魔になるから巡礼には

いつでも手にロザリオを…祈りながら歩く!

背中に荷物を背負って、次の目的地はいちごの

買出しであった。今ここで買っておきなさい。

そんな声がしたし、それに従って買い物を済ませた。

次は、またいちごの洋服、冬物の暖かい服を…

その店の前ではさあ、好きな服を選んできなさいと

早速、あれこれ試着して保護聖人のアンナ様にも

語りかけ一緒に選んでいただく。もう無いかなと

思ったらちゃんと神様はいちごの好みをわかって

いて見つけ出してくださった。ありがたい。でも

いつまでも買い物をしているといい加減にしなさいと

言われる。神様の買い物は、必要な時に必要な

物を・・・更に荷物は増えました。でもそれには、

意味があったのです。その後、キリシタン公園へ…

ここ南国大分では、キリスト教発祥の地でもありますし

かつての歴史でキリシタン弾圧によって多くの人の

命が奪われました。14歳~84歳の方が12年もの

間に信仰だけを信じてこの地で十字架を背負って

永遠の命に召されたのです。その御心を思う時、

涙が溢れてきて止まらなかったし、買った洋服を

地面に敷いてひざまづく為の買い物だったのです。

なるほど…そして、何よりも私の今肌身離さず持って

いるヨハネ・パウロⅡ世様のロザリオがご本人様が

訪れてみたかったのだと確信しました。ありがとう

ございます。こんなに尊い場所が身近にあったのに

巡礼に来させていただいた事、そして私の我ままも

一緒に聞いてくださった事、今日の巡礼の旅がこれで

終わりでしょう!!明日は、南国大分教会まで行くの

でしょう!!そんな予感がしております。

明日は、どんな出会いと巡礼が待っているのでしょう。

いつでもどこでもロザリオを、皆さん一緒に祈りましょう

夫からのアドバイス

†主はあなたの息子の罪を全て赦した

親から子への愛は充分である

愛は神である 神をおそれ

愛する人々は神といる 敬いなさい

祈りなさい アーメン†

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月11日 (月)

私の全てをお捧げします!

私の愛するイエス・キリスト様。

私は、もうこの世に何の未練も

ありません。どうか、今すぐにでも

私の肉の命をあなたに捧げます

持っていってください。私の今まで

犯した罪が重罪であるならば、地獄

でも煉獄でもいいです。あーでも、

私は信者ではないから、どこにも

入れないんだった!!

もうこの世に想い残す事はありません

自殺しようと思ったけれど他人に

迷惑かける訳にはいきません。

だから主イエス様、あなたの御前に

喜んで私の命を捧げます。

どうか、私の肉が滅びる事によって

助かる人がいるのであれば今すぐに

でも私の命を持っていって下さい。

私は、ハイ、イエス、喜んで行きます。

天の国へ・・・!!この世での人の

自由意志によってもういちごは、

何のこだわりも未練も執着もありません。

ですから今すぐに私の命、お捧げ致します

優雅爛漫天界にいる実のお父さん

もしかしたらお父さんには逢えないかも

しれないけれど、きっときっと神様が何とか

してくださるから見守っていてね!!

 もうずいぶん前、父からの御言葉には、優しさと愛情あふれるものがみなぎっていました。
ああ。そうだ、私もこんな私でも親には愛されていたんだ。そう感じました。


娘よ、可愛い娘、父は娘に逢いたい。
お前の病気の事だって心配しているし、再婚すると聞いた時は、
今度こそ、幸せになれる。そうおもっていました。
でももう時間だといわれました。別れはさびしいね。でも娘よ。娘。

逢いたい。逢いたい。娘よ。
元気で幸せになってくれ。父は信じている。娘よ。娘。娘。娘。


※ 娘のところには、実際の私いちごの本名前が入っておりました。

我が娘(私の本名) 父親の愛は無限と 優雅爛漫にし 涙こぼれる

天界の父からの俳句です 
生前も父は俳句を楽しむ人でした

 まさか、天界から御言葉をいただけるなんて思っても
いませんでした
 

あ○o。.り○o。.が○o。.と○o。.う○o。
あ○o。.り○o。.が○o。.と○o。.う○o 

本当にいつも心配して見守って
さってあ○o。.り○o。.が○o。.と○o。.う○o。.

如来様、菩薩様、仏の世界で亡くなった父を優雅爛漫天界において心配する
事のないように、(=´ー`)よろしくお願いいたします

† 主イエス・キリスト様、あなたを信じて 委ねてお任せいたします †

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年12月10日 (日)

主日のミサ

いちごは、地元の教会で主日のミサ

参加した。そう、何ヶ月ぶりかな?!

ポーランド人の神父様引退司教様

喜んでいた!!そして、教会の皆様から

よく来たねって握手をされたり、大変だった

でしょうって優しい声をかけられた。

そう、一番大変だったのは誰か?それは、

神様がちゃんとわかっているからあえて

言わないし、”人を裁くな”と聖書の教えにも

ある様に守る事が大切である!!

待降節第2主日のミサ 洗礼者ヨハネ

神の言葉が荒れ野でザカリアの子

ヨハネに降った (ルカ3.2より)

神の歴史は既にはじまっている。

何世紀もの沈黙の間、洗礼者ヨハネは

神の御言葉を聞く出会い、約束の場である。

人間の作り出す音とは違う、神からの

メッセージを伝えるものに変えられた。

自分の使命を自覚し、復活する神の民となる。

改心、回心、具体的に生活の中でどの様に

したらいいのか?自己中心な生き方から

神を到達の中心におく生き方へ心の方向

転換が求められている。道=聖書では、いろいろ

な意味を持っている。旧約706回は使用されて

いる。人の歩く道の神のなされた事、神によって

人間に求められている他に旅・巡礼などに重点を

おくように行い人間のおかれている状態を意味する。

歩く、行くの道は人間が一生かけて辿る道、

人間の行くべき方向を歩く態度を示す。

始まりと終わり目的がある、間違った道や正しい

道をよく見極め選択する必要がある。神は道の

導き手であり牧者である。神は喜びに満ちた

命の道を示す。慈しみと真に表している目的地に

まで導かれていく。人間は神の示す道を歩む時

正しい方向に向かい絶えず人と共に歩んでいる。

神は自分と共に正義と公平と真の道を歩く。

悪い道=戒めの道に転じ災いを得る、神に至る

道こそ正しい道、夜明けの道=真昼の道となる。

司祭や預言者ががれきの城で殺され、皆が殺された。

紀元6世紀の初めバビロン(王様)で報酬の身となった。

全能の父なる神があなたはふさわしいと言っている。

詩篇には、バビロンに座り涙を流した、神に赦しを願う

存在である=汚れたもの(神を無視していたものに気が

つく)詩篇作者と共に主よ、あなたの道を示しその道を

教えてください。神に必死に求めるものに目をむけ救って

下さる。神に向かって叫びをあげる、主よごらん下さい、

省みて下さい、叫びの心が書いてある。イザヤ書の叫び

苦悩の中での悔い改め、幼子はパンを求めるがパンは

ない!ヨハネの存在は私達に何を語っているのか?

ヨハネとキリストの歴史を確認する、ルカ=救いの歴史に

おいて死んでいる、絶望のどん底で叫ぶ、私の心を幸せと

喜びで満たされるのが神のみである。神のみ信頼せよ

裏切られ、無視されても神の愛の存在は消える事はない

あなたを愛するようにあなた達も愛しあいなさい。ルカは

人間の悲しい性を包み込む愛と赦しの福音である。

静かな時を待ち自分の心の在り方を反省したいものです。

自分に対する誠実なものであるかどうかよく考えなさい。

罪ある自分との自覚、怖がる事が真の喜びである心

準備したいものです。ヨハネの叫びに耳をかたむけて

隣人にどのくらい思いがあるか償いをする、回心、改心を

する事=信仰の道も作る事ができますさあみんなで

祈りましょう!!

今週の福音、聖書を読む。心の準備が必要、聖霊来て下さいと

祈る神が私達に語りかけて下さるミサでは聖体を頂き

自宅では御言葉を頂くようにして下さい。来週は回心式です!

以上、主日のミサ(ポーランド神父様の説教&夫からのアドバイス)

いちごは神父様の日本語がたどたどしいのでグッドタイミングで

メモをよく取る事が出来た。そして、神父様はきっと私の為に

御言葉を語って下さったのだと感じた瞬間であったし、30分以上

の説教だった。神父様は私が理解している事にとても喜んでいて

笑顔ですっきりした晴れやかな表情であった。やっぱり、神父様は

すばらしい。だって優秀じゃなければ神父様になれないのです。

いちごにとって今日の主日のミサは、すばらしい時間であった。

今日の聖歌もなぜかいちごの知っている曲ばかりであったし、

でも信者ではないので聖体はいただけないから引退司教様より

祝福だけ頂いてきました。でもいいんです。

私は、†イエス・キリスト様を信じています†

| | コメント (0) | トラックバック (0)

†イエス・キリストを信じます†

うちの夫君、マリア・ステファノは今入院している。

が…携帯も持っていないのによく電話がかかってくる

私も呆れ果てて電話に出ない日もあったが、

ここの所ようやく、信仰を取り戻した様子である。

そう、夫の病院近くに久留米教会があるので

いちごは、毎週泊まりで行くので朝ミサ

与っているのです。車の運転も荒い地域だが

ミサも早い、始まるのも終わるのも早い…

でも、素敵な教会でまたいちごの近くの

雰囲気とは違うのである。そこで知り合った

M様としよう。毎朝、ご主人が亡くなってから

朝ミサに与っているという。お知り合いになって

先日はDVDを貸して頂いた、でもまだ見ている

時間がないので、南国名物の鳥めしを作って

雨であったが自宅までお顔をみながら立ち寄った

何か探していた様子であったが明日の朝ミサで…

バチカンで手に入れた今は亡きヨハネ・パウロⅡ世の

ミニロザリオを頂いた。え~!!驚きと感激であった。

こんな立派な品私が頂いてもいいのですか??

ええ、いいわよ!そのかわりいつも持っていてね

笑顔が素敵だからと言って頂いた…金ピカです!

朝からびっくりなんてものではなかった!早速、

病院の夫に持参して散々見せびらかして

元あったミニロザリオを夫の元へおいてきた。

夫は物をなくすのが名人である

ペアでネットで購入してくれた赤の薔薇のミニロザリオ

聖アントニオ様、晴れママ様~御心ならば探して下さい。

祈る…まだ出てこない様子。私の大切にしているクロスの

ネックレスも神様が預かっていると言う。まだ私には、

つける資格もないのでしょうか??夫に聞いても

答えは、わからないと言う。いつ出てくるのかな~?!

夫は、様々な事を考えすぎて心の病になっている。

そうだから病院は同じ病の方が多い様子。

そこで信仰を忘れていた夫に励まし続けたら

霊聖の高い夫の信仰が戻ってきた。今は、

なんと夫の部屋へ患者が多数集まってイエス様の

愛を聞きにきていると言う。本当?それって

すごいじゃない。あなたは、優秀なんだから!

一度聞いたり読んだら絶対忘れないのである

だから、毎日宿題に私が聖書を読んでわからない

所を教えてもらっている。こんなに頭脳明晰で

優秀な方が私の夫でいいのだろうか?!と思う

頭の良い尊敬できる方である。だから、心も

優しいし純粋なので染まり易いのである。今は、

聖書とカテキズムの本を持ち、私の宿題や聖書に

ついて患者のみんなに伸べ伝えている様子。

もう疲れたよ~でもそれって嬉しい悲鳴じゃない?

以前は、夜眠れないと言っていたのに…!!

入院している患者様に洗礼って授ける事できるの

かしら?私は、まだ経験が浅いのでカトリックの

決まり等については全くわからない。でもかれこれ

入院して1ヶ月以上過ぎているのに誰も神父様が

お見舞いに来てくれない。病者の塗油をしていただ

きたいとも思うけれど、信者なのに信者ではないと

言われ続けてご聖体も南国へ来てからもらえない

夫の御心を思う時どんなにか苦しく辛かったに違い

ない・・・!!出来ればあの病院の患者様みんなに

病者の塗油をしていただきたいと思う位、熱心に

イエス様の愛を聞いて信じている!!

イエス・キリスト様、マリア様、ステファノ様、

全能の父なる神よ、我らに救いの道を指し

示してください。

†私達は、イエス・キリストを信じます†

主よ哀れみたまえ、キリスト哀れみたまえ、

主よ哀れみたまえ、キリスト我らを救いたまえ!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 9日 (土)

教会との出会い

先日の高円寺教会から南国へ帰宅する途中、

東京駅からいちごは寝台夜行に乗り込んだ。

その時点では、いちご以外その車両には誰も

乗客がいなくて先日のフェリーと同じかと

思っていたが…途中、止まる駅よりはるか

南国へ向けて旅する人が次々におり、

気がつくと二段ベッドの寝台は一段目がどこも

一杯であった。あちこちで話声がする。

と同時に夜中になって、なぜか睡眠剤を

飲まなかったせいもあってか意識だけが

はっきりしていて体だけが横たわっている!

家族連れの幼子がいた。乗り込んだ瞬間

今夜この子に何かあると感じた。

案の定、この女の子は夜中になって

ずっとずっと泣き叫び訴えていた。

そして、咳き込んでもいた。私は実子が

いるが幸い喘息は持っていなかったが

気管支炎で何度か入院した経験がある。

予感が当たった。苦しいよー!辛いよー!

ママ!!パパ!!助けてよー!!

私にはそんな風に聞こえた。でも肝心の

親は、いつもの事らしく熟睡していた

抱きしめてあげてよ!!そう心の中で

思い祈りをこの娘の為に捧げた

神様、今私にできる事は祈りだけです!

どうかこの娘が南国までこれ以上

苦しむ事なく生きつけますように!!

その他、射祈も都度行った!!

もうこれ以上は、無理って感じた時

救いの道、車掌さんが来て大丈夫ですか?

と声をかけた。もし、どうしても辛いよう

でしたら途中下車して救急車の手配を

しますとも伝えていたし、車内放送で

呼吸器を持っている方がいたら、

この娘のために誰か貸してくださいとも

流れた。が、この電車には誰も備えて

いる人はいなかったのである!

この備えは、本当は誰がするべきで

あったか??この娘がなぜ喘息を

持ってこの世に肉として生まれ出で

たかよく考えてもらいたいと思う

瞬間であった。結局、午前11時半

までこの娘の叫びに祈りを捧げる

時間が過ぎていった。でも幸い、

私の祈りが天の父に通じたのか

この娘は朝方から抱きしめられて

すやすや?まではいかないが

安心していた様子であった!

途中、トイレに行く時心配で

この娘を見ようとしたが、娘より

母親の顔が目に飛び込んだ!

今風の茶髪に黒の皮ジャン姿

いちごも髪は茶系なので人の

事は言えない(昔、美容師をして

いたので、歳を重ねる度に

自分の髪にはいろいろと気を

配っている結果が今の色である)

でも子育てをしている時は自分の

なりふり構わず子供だけが生きがい

であったし、この我子を母が守る

そんな思いで日々を過ごしてきた。

自分の育った環境がどうであれ、

この子が我子に違いないのだから

出来れば自分より我子を優先して

子育てをして欲しいと切に願う

いちごでした。

今週の福音にもあったように

”人の子の前に立つことができるように、

いつも目を覚まして祈りなさい”

とは、身をもって経験したいちごであった。

そうこの幼子には何の罪も汚れもない

のである。純粋であるから泣いて叫んで

助けてと声をあげていたのである

南国に着いたら、逃げるようにこの母は

抱きしめてあげてよ!の思いは届かず

ベビーカーに乗せられて、表情は疲れ

きっていた、なんでこんな時パパがいる

んだから娘を抱きしめてあげてよ!

ベビーカーなんてパパが持てばよい

そう思った。到着と同時に去っていった。

でもこの親子によって命の尊さを教え

られたような感じがする。これから

お子様を授かる皆様、この世には

誘惑が山ほどあります。でも母となり

未来を背負う我子を産む立場で

あるならば、お酒もタバコも止めて

ご自分の体を健康に保って我子を

授かり産み育てて欲しい!そう心から

思うし、願うし祈ります!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 7日 (木)

恵みの時

病の時は恵みの時・・・

そんな本を晴佐久神父様が出して

いらして、いちごは早速購入した。

もちろん、夫にも読んでもらうためでも

ある。晴佐久神父様のサイン入り

メッセージ付きの本なんてそうそう

手に入るものではない!!南国の

教会で買わなくてよかった。あの時

きっと保護聖人のアンナ様とイエス様が

高円寺教会へいけるから今ここで購入

しなくても良いと諭してくださったのだと

思っています。本当にたくさんのお恵みを

日々頂いてありがとうございます。

入院中の夫と今日は、些細な事で喧嘩

しましたが夫の両親が揃って私の所へ

来てくれて…そんな~申し訳ないです。

私なんかの為に両親揃ってきてくれるなんて

コーヒー位しか入れられませんが、

一緒に近くのお店で昼食を食べた。

一人で食べるよりも三人で食べる方が

美味しい…いちごは、ここの所強がってばかり

いたけれど本当は寂しかったのかも

しれない。でも素直になれなくて…

今日の聖書の勉強会でもお話だけで終わって

しまった。でもいちごの近くの教会には、

イエス様が両手を広げていらして、この

イエス様に会いたくて今日も勉強会に

参加しました。このイエス様はいつでも

何でも聞いてあげるよという意味なのだ

そうです。夫から聞いたのです。

だからイエス様の前で泣いてすがって

お祈りして癒されてすっきりして帰宅

できるのです!!

夫からのアドバイス

真の幸い ルカ11

むしろ幸いなのは、神の言葉を聞き

それを守る人である

いちごさん、あなたは守っている!!

あなたは、本当に美しく守っている女性で

ある。全ての人々に対してアーメン

  洗礼者 ヨゼフ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 6日 (水)

出会い・続

いちごが高円寺教会へ行ってから

夜、晴佐久神父様はさりげなく

癒し系の音楽をかけて下さって私は

ああー癒される、そう思いました。

かつで吹奏楽で微力ではあるけれど

鍛えた耳と五感で楽しむ事が出来ます。

そこで翌日は晴佐久神父様主催の

クラシックコンサートがあると聴かされ

聴きに来て欲しいと言われました。

茨城にいるわが子に逢いたいけれど

連絡がつかないし、もう逢う事もできない

のでちょうど時間が重なって聴きに行く

事ができました。夫と話をしたのですが

あなたに聴かせたい…それがこの音楽

だったのではないでしょうか?なるほど!

翌日の朝ミサに与る事ができました!

もちろん、眠る前神様に祈って朝ミサに

起こして頂きました。ありがとう!

主日のミサですね。何ヶ月かぶりで

参加した主日のミサ…嬉しさと感激

でいっぱいでした。何よりも晴佐久神父

様の福音宣言が生で聞ける、こんな

嬉しい事はないじゃないですか?!

案の定、すばらしい説教でしたし

一緒に行ったHIROさんも感激していた

様子でした。神のはからいは限りなく

生涯私たちをその道に導く・・・!!

ミサでご聖体を頂きました。この尊い

聖体を頂く事によって限りなく神の道を

歩む事ができる。そう信じていますし、

晴佐久神父様よりまたご聖体を頂く

事が何より嬉しかったのです。

そう私には、イエス様とアンナ様がいつも

一緒についていてくれる。その安心の

中で感謝していました。ミサ後、高円寺

教会ではパンの販売をしており、まさに

恵みのパンですね。早速朝食に購入して

頂きました。おいしかったですし、天使の

森で買い物をしてもちろん晴佐久神父様の

を買いました。そこには、一つ一つ丁寧に

サインとコメントが記してありました。やはり

先日、南国の教会で同じ本を買おうと手に

とってはみたもの、何となく気が進まなかった

のです。どうせならサイン入りの方がいいし、

心がこもったコメントでした。これを読んで

晴佐久神父様の本が欲しいと思った方は、

直接高円寺教会へ連絡して送って頂いた

方がいいですよ!いちごのお勧めです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

姪っ子の朗報・続

昨日、姪っ子の朗報がまたやってきた!

それは、いちごは3姉妹で私は末っ子、

姉が二人いますけれどなぜか子供達は

みんな二人で男と女なのです。生前父は、

うちの娘は3人共男と女の孫がいるって

とても喜んでいたんですね!!

先日の姪っ子は一番上の姉の娘でしたが

今回の朗報は、二番目の姉の娘さんです

そう携帯のメールで、本人から私宛に来た

んです。あれ?って思ったら大学に無事合格

したのだそうです。それは、よかったね!

合格発表があって喜びが私にまで伝わった。

連絡してくれて嬉しかったし、有難かったし。

来春から女子大生ですね♪ママに似たから

優秀なのかな?パパもっと働かねば・・・って

お返事しました!!パパは私と同じ歳。でも

一生懸命働いていますし、これ以上働くのは

無理なんですけれどパパも最愛の娘の事

なると何でもOKをしてしまうらしい!!でも

働き盛り体を無理しないで生きて欲しいと

そう願ういちごでした!!

神様、生きていると辛い事ばかりではない

のですね。時々、良い事があるから希望を

持って生きていけるのですね!心から賛美と

感謝を捧げます!!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月 4日 (月)

出会い

皆様、いちごは無事にカトリック高円寺教会

行ってきました!!そして、今日のお昼頃自宅へ

帰りました。様々な出会いがあり、感動があり、

感激がありました。

出かけてから南国の駅で少し時間があったので

夕飯を買出ししていると駅の構内で何やら

イベントが太鼓に横笛の音色に引き込まれるように

一緒に観ていました!!

子供達の伝統芸能とでもいいましょうか?

すばらしい演奏に舞でした。この未来ある子供達の

御心を思う時、きっとすばらしい大人になるでしょうと

思う瞬間でした。と同時に

イエス様が南国の非難ばかりしてはいけない。

南国にもこれだけすばらしいものが

あるのだと見せて下さったそう思っています。

回心せよ

そう言われているのでしょう!

そして電車を乗り継ぎし東京へ…その電車の中でも

ずっとお祈りをしていました。不思議な事にいちごの

同じ列に座っていた方みんながベルナデッタ握りで

眠っているのです。私もうつらうつらしたり、起きると祈りを

して過ごしました。

(ベルナデッタ握りとは、いちごのアルバム

で公開してありますので、ベルナデッタ様の所を

ごらん下さいませ!)

東京から高円寺までは、以前よりのお友達HIRO

さんに案内してもらってあるのできっと迷わずに行ける。

そう思ったし、神様が付いているんだもの、大丈夫だって!!

もちろん大丈夫でしたし、HIROさんに駅で待ち合わせして

高円寺教会まで案内してもらいました。おいおい、誰が

先に誘ったんだよーっていちごは田舎ものだから都会は

全くわからないんですー!!初めていったのに高円寺

教会の皆様、温かく迎えて下さって有難い事です。

いちごは、病気を持っているのでお酒は全く飲めません

が、ちゃんと飲み物を用意してあるなんて、そしてたくさん

の皆様があんな遅い時間にも教会でわいわいしている

のは本当にイエス様の愛が伝わっているし

共に晩餐を楽しんでいるのではとも感じました!!

晴佐久神父様のお母様に小聖堂でご挨拶に行きました。

とてもよい笑顔のお写真が飾られていてそこに

ひざまづいて祈りました。やっとお会いできました。

今まで祈りで心に浮かんでいた御姿しかわかりません

でしたが、想像していた御姿と一緒だったのには驚きでした

これもイエス様のお導きだと信じております。何時間が過ぎた

かわからない位時間の経つのも忘れて晴ママの小聖堂

話込んでいると京都からいらした信者様にお会いしまして、

どんどん話の輪が広がっていきました。まだ皆様

いらっしゃいますよ、私達は今夜高円寺教会へお泊り

ですから一緒にいらして…案の上

皆様まだいらして更に盛り上がっていきました!

ああーなんてすばらしい、みんなイエス様の愛を

信じて集っている苦しみも悲しみも乗り越えて、

そして共に分かち合っている。こんな

すばらしい開かれた教会は、日本には

ないでしょう!!

そして、セルフサービスではあるけれど教会の

司祭館に信者が宿泊できる教会もおそらくない

と思います!!

それもただで突然出かけていった人を泊めて

くれるなんて…すばらしい事です。

| | コメント (8) | トラックバック (1)

2006年12月 2日 (土)

★イエスの愛★

さあ、みなさんいちごにメールもできないで

悩んでいらっしゃる方、勇気と希望を持って

生きましょう!!連絡なんてしなくても神様は

きっとあなたの御心を全てわかってくださって

います!!

今こそ、救いがここにあります。それを信じて

行きましょう。主の平和のうちに…

今日の夜、いちごは高円寺駅南口に10時前後に

到着します。いきなりでもどんな形でもいいです

から…皆様と一緒にイエス様の愛を信じて

高円寺教会へ行きましょう!!

たくさんの皆様の参加、お待ちしております。

愛と勇気、希望、今ここに救いがある

今夜、都合がつかない方は、明日の朝

9時までにカトリック高円寺教会へいらして

ください。いちごは、います。必ずいます。

イエス様の元で両手を広げてあなたの

くるのをお待ちしております。では、

お会いできる時間まで…

by イエス・キリスト

| | コメント (0) | トラックバック (0)

一日

今日は、もうすぐ終わる。

でも一日・・・みんなにとっても一日。

何ひとつ変わらない一日だったらいいのに・・・。

なんでいちごの周りには、こんなにたくさんの

出来事があるの?明日の事は、どうなるのか

わからない、だから神様へ今日一日良く生ききる事が

できますように・・・と朝の祈りをする。でも、朝は

イエス様にいつも起こしていただきます。だって、全て

委ねていますのでこの世に時計があっても神様が

私の体の疲れがとれた段階で様々な形で起こして

下さいます。今日は、夫であるコーチさんの入院して

いる病院近くのビジネスホテルに泊まって昨夜の

祈りで、朝ミサに参加できますように・・・とお願い

しておきました。案の上、イエスさまはちゃんと間にあう

時間に起こしてくださいました。オオ、私の愛するイエス様

なんてすばらしい事、身も心も全てあなたのもの。

私の心も体も全てあなたにお捧げ致します。だから

世界中で苦しんでいる人や辛い思いをしている人の

事を気にとめて救ってあげてください。私の命、肉も全て

イエス様にお捧げしております。それが私の祈りであり、

願いでもあり愛ゆえに生きるとは、そういう事だと思って

おります。聖テレジア様もおっしゃっております。

夫であるコーチさんの高い霊性で頂いた御言葉は…

私には、イエス様とアンナ様が保護聖人としていつも

一緒にいてくださるって…。だからマイカーの運転も

おまかせできるんです。だっていちごは、高速道路の

運転なんてした事なかったんです。怖くて・・・でも、イエス様

にお願いする事で運転していても楽になりました。

運転しながらお祈りも出来ますし、

イエズス・マリア・ヨゼフ 

我らの為に祈りたまえって唱えております。

アンナ・ヨキアム・ストロベル 

我らの為に祈りたまえ!

ミカエル・ガブリエル・ラファエル 

我らの為に祈りたまえ!

ベルナデッタ・テレジア・ザビエル 

我らの為に祈りたまえ!

いつもどんな時もお祈りを忘れない事でいちご自身、

生かされている、そう思うし感じております。

本当にすばらしい信仰を目覚めさせて

くれた夫に心から感謝していますと同時に、早く病から

開放されて退院できますように祈っております。

主よ、哀れみたまえ!キリスト、哀れみたまえ!

主よ、哀れみたまえ!キリスト、我らを慈しみ給え!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »