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2006年12月27日 (水)

主の降誕(日中のミサ)

12月25日いちごは、地元明野教会にて日中のミサに与った。いつもと違う雰囲気の教会!そう、イエス様の誕生を心から喜んでいるのが感じる。いいねー!!

主の降誕(日中のミサ) 

幼子イエス ヨハネ1.14より

”言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。

わたしたちはその栄光を見た”

”遠く地のはてまで すべてのものが 神の救いを見た”

昨夜、主のご誕生神秘を祝った。 誕生は全てがつつましく 単純でベツレヘム近くの洞穴の中でおられた。 この世にきた神の子は、羊かいの飼い場桶に 寝かされた。 宿屋が満員で 場所がなかったからである。 クリスマスの夜、天使たちは喜び踊りながら いと高きところには 神に栄光 地には平和 御心にかなうものとなれ 全ての人に平和あれ 

ヨハネの福音書は、イエスが神の言葉であった 御言葉は人となり われわれのうちにある 栄光を見たと壮言に語っている クリスマスはイエスの誕生の救いであり  最初の到来のメッセージである 全人類に救いがあり 神の子が来られた イエスが全ての人を照らす 光はこの様にしてこられた

神は失われたものを捜し求めるために 来られた 人類を救うためにこの世に遣わした 全能の神は、一人子イエスをこの世に送り出したのである 神の自由なイニシアティブによって なされた業である 

マリアの自由意志、同意なしにはイエスは生まれていなかった。 神の子救い主であることを理解した人は わずかしかいなかったのである 神からの救いの神秘である 御言葉は人となり 高めるためにこの世にへりくだって生きていくのである 

クリスマスの基本的なメッセージである 救いについてじっと考える時期である 救いとは何か?  罪から開放されるためにある 私達の中にあり 私達は自分で苦しめることをしているのである 罪の中にあって笑っている場合ではない 神の元で助けてください 祈り叫びをあげる時 力ある天の父の神に救いを求めよう 

神も私達の心には・・・心の目が開いていない人には、 無理に入ってくることはできないのである。 イエスの到来は、素朴なもので大変なものであった。 洞窟から人生の歩みを はじめられる。 人類の救いは、自分をむなしくし全てを救うために 神とともに歩みながら 少しづつキリストのメッセージを受け入れていきましょう!!

キリストの使命を悟ること、 世の罪を取りのぞく神の子羊 キリストの使命 他の救い主を待つべきである 歴史の流れとともに今日に至るまで続いているのである 

信仰に生きる平和な時代ではない 世界は神との戦い 十字架さえもつけられず 職場から追い出され 学校ではいじめにあう でも人と人との心が通じた瞬間 私達がこの世において するべきこと 全ての民のところにきた 民は受け入れなかった 悲しい現場 出来事である 私達のこれからすべき事は クリスマスを通して イエスの愛を伸べ伝え 信仰に生きること 少しづつでもよい 全ての人に伝えていって欲しい 

主の愛 神の愛 真の愛 御言葉を受け入れ それを信じるものには 神の子としての資格を与えられたと 感じる 神の働きは、不思議なものである 聖パウロは あなた方のうち良い行いをしたものは それを完成させてください 

イエスと逢う日まで世の塩 地の光として行きぬいて欲しい 第一の到来は イエスの到来 クリスマス誕生なのである 聖書を読む何が良いか、何をしたら良いか、どの様な道を歩むべきか全てかかれている 私の命のかてとなりますように!! 

カトリック信者として冷静に自分の心をよく理解して過ごしましょう。 世の終わり イエスは栄光な力を発揮して到来し 終末のときわれわれの審判者となる 肉が滅びたときのことである 信仰の中心となっている 救い主は裁きをするために来たのではない 自分を裁いた人を裁くために来られるのである イエス様の前で心の扉と開いていつでもどこでも準備しておきなさい 

主は自分を十字架につけ 悪業をおこなったことを認め 私は黙った 初めに主は人々を説得し 教え救いの計画を広めていった 信じるものは少なかった そして今が救いのとき 今 ここで生きている 

パウロは もう眠りから目覚めることです 今救いが近づいたのです 神の霊が働き 聖霊の働きにより イエスの歩いた道をたどり 共に歩いていきましょう 主のために 主とともに 主のうちに!! 信仰の旅を続けるなら いつでも主の元へ行くことができる 

悪を払い 善を増やし この世が平和になるために 祈りつづけましょう!!お正月の言葉も含まれています 自分の言葉として 最後の言葉として捧げます!! 今年最後の言葉です!! アーメン † (そのとおりである)

信仰と愛と希望   以上 ポーランドの神父さまの説教より

年末から年明にタイへお出かけになるので今年最後の御言葉として いただいたものでした。 こんなすばらしい御言葉をいただけたことに感謝でした!!

クリスマスの飾りをいちごが見て・・・

むかって右側 3人の博士の到来 3人の博士、それぞれ手に持っているものは何か? ここはまだ勉強不足で意味がわからない。イエス様あとで教えてください!

左側 4人の羊かいたち 羊かいの一番偉い人はイエス様 一匹でも群れからはずれた羊は、 首にかけ両手 両足をしっかりとつかまれて共にのせて歩く これってまさに今のいちごじゃないかな?! 

神の子羊 世の罪をとり除きたもう主よ 我らをあわれみたまえ!! 羊は毛が伸びるので 定期的に刈り取る=人でいうわがままを おさえることである 回心 改心 

そして真ん中 誕生したイエス様 馬小屋の中 左側 聖母マリア様 右側 ヨセフ様 奥 大天使ガブリエル様重大なことを告げる役目の天使)3大天使の一人

誕生して1日過ぎたイエス様の御心は、どんな風だったのか? イエス様に聞いてみた。

心臓の鼓動が高鳴って 天の父からいただいた肉としての命をつかい、皆、全人類に愛と希望、平和をもたらせるために 私に何ができようか?! 幼子イエスはそんな風に考えた マリア様の胎内にいる時から祝福された 神の子であるからである。 

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コメント

あけましておめでとうございます。

いちごさん、お元気ですか?

>救いとは何か?  罪から開放されるためにある 私達の中にあり 私達は自分で苦しめることをしているのである 罪の中にあって笑っている場合ではない 神の元で助けてください 祈り叫びをあげる時 力ある天の父の神に救いを求めよう 

アーメンです。祈りの叫びをいつも天の父に求めていきたいと思います。

またサイトを復活しました。
Cafe kana

今年もよろしくお願いします。

投稿: kana | 2007年1月 2日 (火) 10時06分

kanaさん、こちらこそあけまして
おめでとうございます。昨年は
いろいろとお世話になりました。
今年も宜しくお願い致します。

新年早々の書き込みありがとう
ございます。
”祈りの叫びをいつも天の父に求めていきたいと”
本当にそうですね。私もいつもそうです。
今年は、恵みの年にしましょう!!

投稿: いちご | 2007年1月 2日 (火) 10時15分

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