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2007年1月23日 (火)

† 神のことばを告げるイエス †

年間第3主日 神のことばを告げるイエス ルカ4.21より

”この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した”

”主よ あなたは永遠のいのちの言葉”

”貧しい人に福音を とらわれびとに開放を 告げるため 神は私をつかわされた”

神様は全ての民をご自分の喜びに 招かれています。そして、その具体的な一つの方法として ”良心” を与えられました。良心とは、私達に”善悪を判断する神様からの心の声” と私達は教えられて います。従って、この良心に忠実に従うことによって私達は 神様の喜びに与る可能性が与えられています

ところで、”良心に忠実に従うことによって 神様の喜びにあずかる 可能性が与えられる”とあえて云うのには 理由があります。それは良心とは その人の生きる環境と自身の習慣に 大きく影響されるからです。つまり、始めは”悪い事” と良心の声が聞こえても同じ悪い事を 繰り返すことによって しだいに”悪い事” という良心の声が 聞こえなくなってしまうからです。 良心の声は環境と習慣によってゆがむ可能性があるのです。 私達は良心が持つ欠点を充分に理解し、教会の教えと掟によって補う必要があるのです。

さて、今日の典礼は救いの実現について 教えています。長い時間を かけて準備された救いは、御子キリストによって 実現しました。御子キリストは ご自分が約束された救い主であることを、旧約聖書の様々な預言の実現によって 証明されました。しかし、当時の多くの民衆は 御子キリストが行われた 預言の実現としての奇跡(しるし)を見ても その意味を充分に理解することが出来ませんでした。また、救い主そのものについても御父が与えようと望まれる”救い主” ではなく、自分たちが作り上げた”救い主” を待っていました。結果として、真の救い主を十字架にかけることになってしまったのです

ところで、私たちは救い主キリストの証人 なのです。私たちは、聖書の様々な教えとしるしを御父が 遣わされた真の救い主キリストによって 与えられたものとして、理解し受け入れ、この事を証ししなければならないのです。つまり、主キリストによってもたらされた救いについて 語らなければならないのです。もちろん、語る方法は”ことば”と”生き方・生き様”によっての二つの方法があります。いずれにせよ、キリストが言葉と行いによってご自分を証明し、救いのわざを成し遂げられたように、私たちもキリストの証人として 言葉と行いによって 語らなければならないのです主キリストは私たちが”キリストについて・救い”について語る=証する=事を持っているのです

現代社会の中の混乱の中で 苦しむ皆さん、特に子供たちのために 祈りましょう!  愛することを学んでいる 子供達が、充分な愛情を注がれ、与える愛のすばらしさを   身につけた人として成長することができますように!!

罪と欲の奴隷である 命の国 愛の国 平和の世界へと向かい神の国は、言葉を聞いた時に出来上がっているのである。神の言葉を聞いて信じた人に新しい世界にはじまっています。 

人類が変えられる 主の降臨の日に出来上がり 主の使命を受け継いでいく そのものさしはあなた方が 愛しあうことである 言葉だけではなく 理解しあうこと、受け入れること、体は一つ 違う人々もそれぞれ使命があり 尊敬を持って理解し 中にキリストがいる 多様性の中における調和である だから祈りましょう!それが完成した時に神の国は出来上がっているのです。

祈りあい、聖霊の助けにより、これからの人生を愛と希望を持って生きていきましょう!!イエス・キリストと共に †

以上、土曜日の夜、主日のミサ&日曜日の午後、英語ミサのお説教より

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