« † いちごの生命 † | トップページ | † いちごの御心 † »

2007年1月15日 (月)

† 巡礼 †

いちごは、朝目が覚めた。そうカトリックのお友達と巡礼に行く約束をしていたから・・・。自分ひとりでも行くつもりであった。でも、お友達を誘ってみた。”一緒に行きましょう”って、お返事が来たときは とても嬉しかった。

何時ころ、どこで待ち合わせとかって約束をして、気分はるんるん・・・♪神さまのもとへ、一人ではなく巡礼の旅ってこんなにドキドキ・ワクワクするものなんだー。ルルドの聖水をいただいてくるので、水を保存する容器も持参してね!ってメールする。

待ち合わせ場所では、お会いできなかった。そう神様のお導きは、最初は”大分キリシタン殉教公園”であった。ここには、いちごは何度も足を運んでいるし、今は週に一度は招かれている。いつものところでご挨拶・・・そこには、メッセージが。

”地球に平和と喜びを、ありがとうございます”

”みんな明るく幸せに、ありがとうございます”

MEMORIAL PARK FOR THECHRISTIAN MARTYRS IN OITA PREFECTURE

この地で尊い殉教をしたのに感謝をしているなんて、すばらしい!!先日、一人で足を運んだ時、いつものように祈りをしていた時、ふとこの御絵の足を触ってみた。一人一人辛かったでしょ!苦しかったでしょ!そう言いながら涙が出ていた。でも、皆様の足は温かだった。刀を持った武士の方の足も手も触ってみた。あれ?暖かい!!そうだ。イエスさまの教えはイエス様を信じていても信じていなくてもみんな平等なのであった。だから、みんなイエスさまの愛を受けて暖かいのである。そこで、一緒に行ったお友達が

”この人たちは、何をしているかわからないからです”

ってそう言った。うーんなるほどー。いちごには、そこまで思いつかなかった。だから、みんな平等なんですね!!

次に向かった先は、いちごの家の近く”明野カトリック教会”いつも ここにイエス様が両手を広げていらっしゃると サイトで書いていたので、ぜひお会いしたいとの事・・・今日も、良い天気でイエス様の上から ステンドグラスよりお日様の光がさして、お御堂の中は本当に明るかった。私達を待っていたかのよう・・・ やっぱり、私はここのイエス様が一番好きだわ! そう想う瞬間であった。様々な思いで祈りをしていると ドアが開いた。そううちの教会の会長さんで あった。わざわざいらして いただけるなんて…しばし、情報のやりとりをした。ここのイエスさまは、”ご復活されたイエス様なんです”そう聞いて、またなるほどー!! 何度足を運んだことか 全く気がつかない鈍感ないちごであった。

ここで、いちごの車で 一緒の旅へ・・・次の目的地は、”大分トラピスト修道院”であった。

http://www.coara.or.jp/~trappist/index.html 

大分市のお隣 別府市の先だから そんなに遠くではない。でも、でも、走っても辿りつかない。なんでかしら??途中で人に聞いたりした。でも、聞いてもわからない。

”迷える子羊、世の罪をのぞきたもう主よ、我らをあわれみたまえ!!”

祈りもした。そこに広がったのは、高速沿いの 大草原が広がる見事な風景であった。いちごは、ここの 空気はきっとおいしい だろうからいつか味わってみたいと 想っていつもマリア・ステファノの病院へ行っていた。その大自然が今、自分の目の前に広がっている。寒さで 本当に空気が澄んでいたし、空気に 重みを感じた。両手を 開いて 一杯に空気を吸ってみた。おいしい。 自然がこんなにおいしいなんて、そして 天地創造の時代から 変わらないこの大地の すばらしさをしばし 味わった瞬間であった

そこで、道を聞いた、きっと今度こそいけると想った。案の定、たどりついた。もう 感激であった。素敵ー 素敵ー こんなに素敵ー いちごは、カメラを持参するのをすっかり忘れていた。まあ、いいや、きっとまたお導きがあるだろうから・・・!!”日出町”と書いて”ひじまち”と 読むのだそうだ。地名って 読み方がわからないなあー!!

中へ入ると売店があったが、そこそこにして 奥にある博物館へ吸い込まれるように・・・いちごは、知識もなく 地理と歴史は全くわからない。でも、一緒に行った友人は 先生のようにイエス様の手で いちごに説明してくれる。ありがたい!!急いでメモをとる。

ヨセフ様に 幼子イエス様が 抱かれている。この時から 既にイエス様は、指2本を広げている。神の子で あることを充分わかっているのだと想った。その後ろに 大きな天使さまが左右にいらした。天使さまってこんなに美しいの?って想った。男性、女性の区別がつかない位、しなやかさと しとやかさを感じた。いちごには、不足している部分なだけに輝いて見えた。

フランシスコ・ザビエル様についての宣教>

スペインの方で 家柄がよく、フランスに留学し、東方に宣教で ポルトガルより回ってきた。アフリカ~インド~中国に回ってきた。東南アジアにて”やじろう”さま(日本人)に導かれて 日本の鹿児島に流れついた。日本人は、文化の高い質の高い民族である。鹿児島には、2~3年居て多くの洗礼を行った。薩摩藩武士、鹿児島教区に 宣教したので多くの教会がある。山口でも布教してザビエル堂があるが すばらしい。イグナチオ教会(プロテスタントっぽい作り だそうである)大内義隆が 洗礼を受け広まった。大友宗麟と遠縁で 大分の府内町にザビエル様が行き、大分県にも 広まったと伝えられている。ザビエル様の最後には、インドのゴアにて 高熱にて帰天された、傍には中国人が一人いたと伝えられている。ザビエル様のご生涯は、日本のカトリックの布教であった。

豊臣秀吉の時代、300年ほど隠れキリシタンがおり仏壇の裏で祈りをしたオラ書とは隠れキリシタンのための 祈りだそうである

1999年大分にザビエル様の手が 回ってやってきた。イタリア教会から あちこちの国をめぐって日本へ・・・ 大分へ・・・ 右手の意味は洗礼は右手で 授けるからである。十字を切る、父と子と聖霊のみ名によって アーメン† も右手である。残りのご遺体は、インドのゴアに 安置されている。ザビエル様なしには、カトリックはあり得ない。

ここでいちごは、気がついた。家にある ザビエル様が大分へいらした時の 記念ミサのDVDを見なさいといわれていた。そう、ザビエル様は 日本語を伝えるのに ”やじろう様”の力が大きかった。ザビエル様の帰路は、臼杵(うすき)からポルトガル船が出入りしていたため、帰っていったと伝えられている。モーツアルトは生誕250年、ザビエル様は生誕200年だから50年の年月の違いがあると言われている。

<ここで長崎のカトリックの世界へ

長崎の大浦天主堂は 国宝になっており、ミサも行うことができない。フランスの プチジャン神父さまが ずっといらして、別名”フランス寺”と呼んでいた。毎日、毎日、待っていても誰も来ない。 キリストを信じている人はいない。そこへ一人の女性が やってきた。小さな声で聞いた。”サンタマリアのご像はどこですか?”それが 信徒発見のご像である。”きれいかー!!”と、きれいだねと言う意味である。

いちごの先生とこれからは、呼ぶことにしよう!こんなにたくさんの知識を備えておられるなんて・・・そんな話をしながら、以前より欲しかった

”みどりのスカプラリオ”があった。わおー、聖母マリア様からのおくりもの・・・

”聖マリアの汚れないみ心よ 今も臨終のときも わたしたちのために祈ってください”

これをいつも身につけているか、かばん等にいれておくとマリア様がいつも守ってくださり、多くの恵みが約束されているのです。そして、すでに祝別されてあるのです。代金は、献金箱があって自分の力量に応じてで 良いのでいちごは、3個頂いてきました。献金もわずかですがしてきました。”ミニロザリオ”と”みどりのスカプラリオ”これからは、いつもいちごと一緒です。マリア様、私達のために取り次ぎの祈りをお願い致します。

そして、売店では いろいろなものがあって、見たのが初めてのものは みんな欲しい!その位、新鮮でした。修道士さま 手作りの編んだロザリオがあったり、一番のお勧めは手作りのクッキーです。この商品は、大分でもあちこちで 手に入りますがここで購入することで大切な意味が あるのです。 

いちごは、あと修道士さまの トラピスト修道院聖歌隊のCD ”サルヴェ・レジナ” と幼きイエズスの 聖テレジア様のご像を 購入してきた。 早速、祝別をお願いしたら、忍者のように走って行って修道士さまがストラーと祈祷書を持ち、丁寧に心を込めて祝別してくださった。丁寧な祝別に感動していたら一緒の先生も マリア様のご像にひかれると言い出した。事実、何度も手にとって眺めていた。うん。これは、

マリア様が一緒に連れて帰ってよと言っているのよ!そう言い、購入した。また、同じ修道士さまが いらして、会計を済ませると 祝別をお願いした。ストラーと祈祷書を持ち、丁寧に心を込めて祝別してくださった。マリア様の祝別は、御言葉が違うのに感動した洗礼名をお聞きしてみた。修道士さまは、洗礼名ではなく修道名と言うのだそうだ。”ラファエルさま”だそうである。3大天使の一人で、風の属性を支配する。熾天使という地位におり特徴たる6枚の翼を背に持つも、実際には力天使という説の方が有力であり、彼はその指揮官に位置する。だから、この修道士さまは忍者のようにアッという間に去っていったのであった。

|

« † いちごの生命 † | トップページ | † いちごの御心 † »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/184258/4933266

この記事へのトラックバック一覧です: † 巡礼 †:

» スズキ アルトワークスについて色々と語るサイトです。 [アルトワークスを語る!スズキ アルトワークスについて]
スズキ アルトワークスにハマっている僕。スズキ アルトワークスについて色々と語るサイトです。 [続きを読む]

受信: 2007年1月16日 (火) 11時18分

» 沖縄の歴史 [沖縄観光データバンク]
沖縄(おきなわ)は、日本の地名。日本の南西端に位置する地方で、行政的には沖縄県とい言います。沖縄諸島の他、宮古島・石垣島・西表島(いりおもてじま)など多くの島を含んでいます。亜熱帯・熱帯に属する。県庁所在地は那覇(なは)市。別名は琉球。中国、台湾にも近く、歴史的には中国の影響もありながら、東南アジアの影響も色濃く、文化芸能の面でも独自の歴史と文化をもっています。現在の日本では、有数のリゾート地とされ観光客もかな�... [続きを読む]

受信: 2007年1月17日 (水) 01時14分

« † いちごの生命 † | トップページ | † いちごの御心 † »