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2007年4月24日 (火)

† 大分最後の晩餐 †

今日は、夕方から大分のカトリックのお友達と夕飯を共にする約束をしていた。いちごは、引越しするが故になんだか落ちつかなくて・・・ここ大分でどんなことがあったのか?しばし考えてみた。ここへきてから、いろいろなことがあった

そして、お友達もたくさんできた。そして、なにより一生いや永遠に支えとなる深いカトリックの信仰をもった。そのおかげで今日もこうして生かされている。今日、一日頂いたお恵みに感謝していつも夜の祈りを捧げる。朝も起きたら身支度を整えて早いうちに朝の祈りをする。そして、ここのところロザリオの祈りまでできる時間がたっぷりとれることに神様に感謝である。心をこめて教区のためにそして、司祭のために、そして、ご先祖さまのために、そして病で苦しんでいる人のために、そして、我が子らのために祈る自分のことは、お願いしない。いちごは、いつどうなってもいいと自分で思っているから一人でも多くの人に神様からのお恵みがあったならそれでいいと思っている。だから、自分の病気は治らなくてもいいとも思うし、ただ引越し先で少しからだと心を休める時間がほしい。それだけである。でも、詳しいことは全て神様がわかっているのであえて言わない。

今日も、カトリックのお友達とお話をしていたら、話がつきない。今まで友達でこんな人はいただろうか?幼馴染とかは、いるが変にプライドを持っている友人なので本音では話せない。カトリックのお友達とは、心おきなく本音で話しができる。そして、きっとここでは神様が護ってくださっているわ。とかそんな話がとびかう。

だから、日ごとに信仰が深まるのも当然である。いちごの生活全て今は神様の言いなりである。絶対、無茶なことはさせないし、いちばん安全な道を歩ませてくれる。だから、信じている人みんなにもこんなお恵みをいただけるとありがたいと思いつつ、今日は楽しい食事をさせていただいた。イエスさまではないが、南国大分での最後の晩餐とでもいいましょうか!!

信仰によって知り合って信仰によって友達になって、信仰によってともに巡礼に行ってそんな仲間がどんどん増えていったら日本の南国のカトリック教会ももっともっとよくなることだと私は思う。イエスさま、アンナさま、そのことで私の体や手足をお使いならいつでもおささげします。私の病気もいつか神様によって何とかなるようにも思いますし、夫、マリア・ステファノとの仲もきっと神様のお導きがある日まで待つことにします。

今でも、大分弁は苦手ないちごだけれど南国大分にきて本当によかったかけがえのないお友達を神様からプレゼントしていただきました。どうか、これからもいちご同様、みなが聖とされますように、心から祈り願って大分最後の晩餐の夜を終わりにします。

聖霊に導きによって、私たちみんなに神様からの愛が届きますように!

父と子と聖霊のみ名によって アーメン †

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コメント

昨夜は、話がつきませんでしたね。
時間の流れがとても早く感じられました。

私も信者になったばかりですので、教会では
知り合いも少なく心細いばかりですが、懐の深い神様にしっかりと守って頂きながら少しづつ信仰を深めていきたいと思っています。

どうか、福岡に行かれてもお元気で。
またの再会を楽しみにしております。

投稿: カタリナ | 2007年4月24日 (火) 10時58分

カタリナさま、昨夜は遅くまでありがとう
ございました。お心遣いまでいただいて…
でも教会はどこに行っても変わらない。
そんな風であってほしいものです。
きっと南国もそうなりますように心から
祈っております。
今度は、福岡の教会めぐり、巡礼地めぐりでも致しましょうか…†

投稿: いちご | 2007年4月24日 (火) 23時25分

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