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2007年5月 1日 (火)

† 主日のミサ(福岡) † 

いちごは、福岡へ引越しして初めて主日のミサ(土曜日の夜)に与ることができました。今日は、役所の隣に聖クララカトリック教会を発見、早速中に入ってご挨拶、誰もいなかったけれどイエスさま、マリアさま、ヨセフさま、みんなが迎えてくれました。ステンドグラスに囲まれてとても素敵な教会でした

復活節第4主日 C年 良い羊飼い  ヨハネ10・28より

”わたしはわたしの羊に 永遠の命を与える”

”わたしたちは神の民 その牧場の群れ”

”わたしはよい牧者 わたしは羊を知り 羊はわたしを知っている”

私の羊は私の声を聞き分ける、それがキリスト者の召命であり=イエスの声を聞き分ける イエスの声を聞き分けるには 教育と方法が必要である 大人の信仰の養生 現在ここの教会で洗礼だけを受けて 堅信を受けていない人が250人もいた。13~69歳の人である

 洗礼を受ければそれで終わりではない そこからがスタートであり教会の中で生きる 人々のことが見えていない 自分だけが幸せならいい 目に見えるもの 目に見えないもの たくさんの貧しい人々がいる 召命とは他者の呼びかけを聞くようになる 神の声に気がついて 呼びかけるキリスト者にとって大切なことである 周囲の人々を現実に見つめる あとで神が私に何を求めているのかを 考える 

イエスの呼びかけにこたえることはイエスをよく 知らないとできない事である 

イエスの良い牧者=イエスの弟子と親しいよく知っている イエスといつも一緒にいるしイエスに生かされている 子羊が彼らの牧者となる 

神の子羊=イエスである

私たちの召命はイエスの仕えをよく理解して 命を与えてくれた愛をよくわかるようにしましょう!! みんなはイエスから愛されているのです。

以上 カトリック光丘教会の神父さまのお説教より

久しぶりにミサに参加できたいちごは、嬉しさと喜びとで心は満ちあふれていた。御言葉をいただくだけで こんなに心が豊かになれるのなら ミサは最高の賜物であるし ミサと共に生き ミサと共に終わる 

そんな生涯を晴佐久神父さまはおっしゃっていたことを思いだした。

ミサは最高ですみなさん、悩んでいないでお近くのカトリック教会へ足を運んで みてはいかがでしょうか? 幸い、どこにでもカトリック教会はあります。

父と子と聖霊のみ名によって 神様、迷える子羊をカトリックの道へ迷うことなく歩かせてください アーメン †

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