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2007年7月21日 (土)

† 私の召命 †

先週の週末より、台風や地震によって被害にあわれた方、謹んでお見舞い申しあげます。どんな形にせよ、自分の家で過ごすことができない不自由さは、本当に心痛みます

神様は、この災害を通して、助けあう心、思いやり、他人への愛を学ぶように導いてくださったのだと先日のミサでお話を聞きました。今週のミサでは、

”わたしの隣人とはだれですか” ルカ10.29より

”心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい。”

”いつくしみ深い父よ、人とのかかわりを見失い、愛に飢え乾く世界に、主イエスは、ことばと行いをとおして愛をもたらしてくださいました。わたしたちが、きょう語られるキリストのことばを、誠実に受け止めることができますように。 † ”

まさにこの聖書の言葉が、現実になっているのを目の当りにしてわたしたちは、キリスト者として何ができようか?そう考えてみたりしました。今、まだ私自身、病気が完治したわけでもありませんし、かといって災害地へ出向いていって何かできること、ボランティアをしたいけれどできないそんな思いをかかえつつ、この数日を毎朝のミサに参加して、災害に合われた方のために祈ることによって過ごしてきました

祈りは力であるように、人のために祈る、これこそまさに隣人愛、そしてみなさんが助けあい、励ましあいながらも協力して生きている御姿をテレビ等でみる度に、神の愛が働いている、隣人愛が行われている、そう思う瞬間でした。

現地では、これからさらに天候によって厳しい環境がやってくると思われますが、どうか希望を捨てないで神様は、現地でもちゃんと働いておられる、そう思うからきっと厳しい環境になる前に救いの道がきっとあるはずと感じています。そのために、イエス様は、十字架に貼り付けになり、皆の苦しみや悲しみ、辛さを感じておわれるのですから…。

人のために祈ることは、キリスト者としてお恵みなのだから、できる限り私も祈りを捧げたいと思っています。特にミサの中で祈ることは、聖霊と天使の溢れる教会の中で完全な力を放ってくださると心から信じて今日もミサに参加しようと思っている私です。

”神様、災害に合われた方の心と体を癒してあげてください。そして、今一番必要としているものを授けてあげてください。私たちの主イエス・キリストによって アーメン †”

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