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2007年8月31日 (金)

† 帰天された人のミサ †

今週、8/27(月)福岡大名町教会で、帰天された人のためのミサが聖モニカの祝日に行われた。私は、実家の母の分を事前に申し込みしておいたので参加した。少し速めにと…言われて行ったが、みんなもっと早めにきていた。受付を済ませると持参した額入りの写真を渡す。裏には、母の名前、帰天日、住所、依頼者等を書いた紙を張っておいた。私は、中へ入りいつものように聖水をつけ、十字を切る。どこの席にしようか考えているうちに勝手に足が動き出す。一番前の席で、しかも母の名前が書いてあるすぐ近くであった。おおー。なんてありがたい。

”これこそ、今日のお恵みだわー”

とか思いつつ、しばし祈る。その間にもみんなでロザリオの祈りをしていたので途中から参加した

自宅で朝の祈りをしていたら、神様から言われた。晴佐久神父さまのお母様、晴れママも一緒に行ってもらいなさい。早速、時間のある中でフレームをつけ、写真をコピーして作成し、一緒に当日受付でお願いした。受付の人は、キョトンとしていたが高円寺教会の晴佐久神父さまのお母様です。と言うととても驚いた表情であった。晴れママは、セシリアと霊名があるが、私達の間でも晴れママで充分、祈りを取り次いで下さるので一人づつ名前を読み上げる時、名前だけであった。でも晴れママだからいいのかな?

ここ福岡でも晴佐久神父さまの人気はすごく、この写真は誰が持参したのですか?って問い合わせがあったくらいである。そして、みんな晴れママの前では、お辞儀をして祈りをしていた。晴れママやっぱり、聖人だわ。心の中で思った。

通常のミサが行われた後、追悼式が行われた。その中で、帰天された人の前で丁寧に聖水をまき、お香をたいて、清める。それから、一般の仏式でのご焼香も行われた。日本の文化を尊重しながらもカトリックはきちんと同居していると思った。私は、一番前の席でみんなのお写真を見ているうちにその人の生涯が浮かんできて、涙が出た。母の葬儀では、涙を見せなかった私に姉は

”あなたは、冷たい人だ”

と言った。でも、今こうして落ち着いて見てみると涙が溢れてきて止まらなかった。でも、涙は拭かない。そう、イエス様がミサが終わるまでに全ての涙をぬぐってくれるから・・・実際、今度もその通りであった。神様は私達のみ心全てをわかっておられます。だからこそ、こうして今日一日生かされていることに感謝しながらも祈りを捧げています。

これで、母もきっと一段落して落ち着いてくれ、仏の世界で初心者として過ごせることでしょう。でも、今でも夢の中で怒られたり、こんなものが食べたいとかのどが渇いたとか、いろいろなことを言ってくる母は、亡くなっているのに生きている感じさえもする。でも、今私にできることをしてあげて、それで母の気が済むのなら良いかと思い、日々祈りも捧げている。カトリックとともに・・・

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2007年8月24日 (金)

† キリストの御体 †

先日、朝ミサへ高宮教会に参加して留守番神父さまのお話を書き込みしました。

”聖バルトロマイ使徒殉教者の祝日”

殉教だからストラーの色は、赤。そう日本では、枢機卿(すうききょう)と呼ばれる方はいつもこの赤のストラーを身につけていますこれには、いつでも神様がお望みであるならば、私は命をも捧げますという意味合いがあると言う。でも、私自身考えて見たら、今はいつでもどこでも神様が一緒だと思うし、神様がお望みであるならば私の命をも惜しまずお捧げする覚悟はできております。

フィリポとナタナエル弟子となる ヨハネ1 45-51

”はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り下りするのを、あなたがたは見ることになる”

お説教の中で、カトリック信者は、人を疑うことを知らないので結果騙されたりすることもある。でも、人から何か相談または、話を持ちかけられた時にそこで立ち止まってよく考えて欲しい

このこれから自分が起こす行動は、本当に神様が望んでいることか?そして、神のみ旨に叶っていることなのか?そうすれば、自然と答えは、出てくるはずである。この生き難い時代に於いて自分をいかに信仰生活とともに生きていけるのか、自分の心に今一度問いかけて祈りましょう。

聖バルトロマイ使徒は、神様の望むままに命をも捧げついに殉教の死を遂げられました。信仰一筋に生きた聖バルトロマイ使徒の生涯を思い起こし祈りましょう。

続いて、ミサは進み、神父さま、ミサの中で聖体を拝慮する時に・・・

”イエスは進んで受難に向かう前に、パンを取り割って弟子にお与えになりました。みな、このパンは私の身体である。これを私の記念として行いなさい。”

神父さまの手に持つご聖体は、大きいもの、それを半分に割って神父さま自身がいただきますが、残りは大概一緒にいただいているのが普通です。でも、この神父さまは、残りの半分を弟子である私達にさらに半分に割って与えてくださいます。そのご聖体が私も食べたくて…先日のミサの時、いただけた方は多くのお恵みだと思っていました。

”私も食べたい。”

そんな思いが神様に届いたのでしょう。今日は、聖体は一番にいただきました。そして、神父さまのいただいた残りの半分を口に含むことができました。私にとってこんな幸せなことはありません。

とにかく、嬉しい

口の中で少しづつ柔らかくなっていき、ゆっくりゆっくり味わっていただくご聖体の味、本当に尊く神様に心から感謝を捧げました

私が今、ここで生かされていることの意味や神様のみ旨に叶っているかどうかよく考えて祈りをしました。人間一人ひとりには、神様から与えられた使命があります。それは、心の扉を開いている人だけが感じ実行することができる、すばらしい賜物です。

幸い、私の皮膚病も漢方専門医が見つかり、その先生におまかせして治療を進めるつもりでいます。これも、神様のお導きを心から信じてやみません。今日、1日いただいたお恵みに感謝して今夜も夜の祈りを捧げます。

 父と子と聖霊のみ名によって アーメン 

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2007年8月22日 (水)

† 天の元后聖マリア †

今日は、天の元后聖マリアさまの祝日です。朝ミサに参加した私は、参加して初めて知った。ということは、ここ最近聖書もろくに目を通していないということである。毎週、主日のミサで配布される聖書と典礼には、裏側にその日、読むべき聖書の箇所が掲載されている。自宅に帰って、見てみるとちゃんと記してあった。

今日のミサは、神父さまが不在のため、同じ聖フランシスコ会から別な神父さまがいらしてのミサであった。神父さまが違うとまた、ミサの雰囲気も変わってくる。この神父さまの御声は低音でとても通る。聞いていてなんかとても安心する。ミサの間、目をつぶっていても心に響いてくるような御声は、まさにイエスさまが語っておられるのかとも思う

そのお説教の中で、ここ数日私の中で、人を赦すことについて悩んでいたことに改めて心が洗われた。

”みなさん、日々の生活の中で自分の欠点をいつも言われながら生きるのと良い点を誉められながら生きるのではどちらが良いですか?”

それは、もちろん自分の良い点を認めてもらって生きるほうがいいに決まっている。

自分がそうであるなら、他人はなおさらそうである事をよく考えてイエスさまの今日の御言葉に耳を傾けましょう。”

「ぶどう園の労働者」のたとえ マタイ20 1-16

”「友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと1デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。」 このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。”

同じぶどう園で雇われて、1日暑い中辛抱して働いた者と夕方、5時ころにきて働いた者が同じ賃金では・・・と不平を言った、聖書でも何度も登場してくる有名な箇所です。

これは、ある意味教会に召し出されたものにもあてはまるといわれた。確かにイエス様にやっとの思いで呼ばれた自分は、まだまだ未熟者で周囲のみんなに迷惑をかけてしまうし同じ賃金をもらうには、ちょっと…そんな意味合いも含まれているのである。

心のともしび運動サイトにもあるように( http://www.tomoshibi.or.jp/index.html )

暗いと不平を言うよりもすすんであかりをつけましょう!!

それで締めくくったお説教は、新鮮な感じがしてまたこの神父さまのミサに参加したいと思った。帰り際、年配神父さま手作りのなすをいただいてきた。神様の御元で作られたこの野菜は、どんなものよりも尊く味もおいしい。これでこの夏、2回目であるこんなお恵みをいただいて、神様に感謝しない訳はない。今日、いただいたお恵みに感謝しながらどんなお料理を作って味を楽しもうか・・・。ただいま、思案中である。

イエス様は、ご自分の母であるマリアさまをも、天の父に捧げ、みなの母となるように天の元后聖マリアとされました。どんな小さいものにも、マリアさまが目をとめておられ、この世界はマリアさまへの祈りによって取次ぎを確実に行ってくれる、それがわたしたちの母、聖母マリアさまです。

” 恵み溢れる聖マリア、主はあなたとともにおられます。主はあなたを選び、祝福しあなたの子イエスも祝福されました。神の母、聖マリア罪深いわたしたちのために今も死を迎える時も祈ってください † アーメン ” 

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2007年8月11日 (土)

† みなが一つに なるように †

先日、日曜日の大名町教会でのミサで、引退された”ぺトロ 平田 三郎司教”様の訃報を聞いた。予定表に日程をメモした私は、告別式の葬儀ミサに参加した。その日は、暑くて本当に良いお天気であった。ペトロ司教さまの御心を映し出しているようで…。

時間には、間に合ったが参加者が多くて座る席が二階へどうぞ!と促されたが、側で見ていたくて1階の一番後ろで立ち見のままミサに参加した。きっと疲れたら、イエス様が支えてくれるでしょう!

私は、カトリックの葬儀ミサに参加するのは、初めてのことである。一応、黒の服で統一して行ったがほとんどが、通常の喪服でいらしていた。ヴェールも黒をつけている方が多くいらした。私は、信者の若葉マークなので白のヴェールしか持っていないけれどこれで、心が伝わればいいと思い、それを身につける

いよいよ始まった。入祭では、聖歌が歌われいつものミサと変わらないように感じた。流れもそうであったし、お説教もご聖体も全員がいただいた。私は、もちろんせっかくだから長崎大司教さまからいただいた。これってとても大きなお恵みだと思う。だって、神様がちゃんと並んでいく道を授けてくださった。私にとって憧れの地”長崎”へは、いついけるかわからないけれど大司教さまからご聖体をいただけるなんて嬉しかったし、また味わい深いものがあった

ペトロ司教さまは、生まれた翌日幼児洗礼を受けていました。福岡県の今村教会で…きっとご先祖さまから代々受け継がれたカトリック一家だったのでしょうね。親族席には、ご兄弟かと思われる女性は、修道女でしたから…。

大分教会での初代司教さまだったことも知りました。だから、現司教さま、宮原司教さまがそして、引退した平山司教さまもいらしていたんですね。私の通っていた明野教会でも神学生を養育するように取り組んだりしたと話を聞いて納得でした。確かに明野教会には、もっと誰かが住めるような家があり敷地も本当に広いからです

それから、福岡教区の司教さまになられて、日本で唯一、第二バチカン公会議に出席されて健在だった方だそうですそして、プロテスタント教会との共同で共同訳聖書に取り組み、議長まで勤めた方だったそうです。今、私が持って愛用している聖書はまさしく、共同訳聖書です。そう思うと聖書自体にも歴史があり、尊く感じるものです。聖書は、万能の書物というくらいそのときの御心にぴったりの箇所が出ます。嘘ではありません。嘘だと思うならみなさん、試してみてください。きっと今の自分にぴったりの箇所に心に響く御言葉が出てくることでしょう。

ペトロ司教さまがいつも口にしていた御言葉

”みなが一つに なるように”

どれほど、神様を愛し、神様からの与えられた召命を全うされた生涯だったのでしょう。お話を聞けば聞くほど、すばらしい方だったんだと思いました。でも、永遠の命へ導かれて旅立たれたのだから、心を合わせて祈りましょう。

”みなが一つに なるように、平和が訪れますように †”

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2007年8月 7日 (火)

† 教会へ通うこと †

私は、先週の土曜日、主日のミサに参加できないと思い、土曜日の夜ミサに参加したそこで第一朗読を頼まれた。もちろん、喜んでさせていただきましたその時、ちょうど停電になってミサのろうそくだけの明かりの中で朗読したこととても印象に残っています。朗読が終わったころ、電気がつきました。きっと、何か意味があるのだと思う。今、地震で被災地で不自由な思いをされている方のほんの少しでもわかるように神様が教えてくださったのかもしれない。

そして、日曜日、午後から大名町教会で東京の岡田大司教さまがいらして講演会とミサが行われるので参加してきた。岡田大司教さまには、私は高円寺教会で堅信の秘跡を授けてくださった方です。わざわざ南国、福岡まで来てくださるなんて・・・

2007年度 福岡教区 「平和を祈る集い」であった。

”信教の自由と政教分離から日本の福音化と平和を考える”

とても、難しい題に聞こえるが、内容はカトリックそのもので1936年から指針が変わり、福音宣教省なるものが設けられ、第二ヴァチカン公会議では、教会が大きく変わったとも話をされた。昭和から平成へ年号が変わり、平和への決意と新しい出発のために、正義と平和を守るために今、日本の教会に必要なことは何か?

”祈りである”と思った。

人生は、判断と決断の日々の積み重ねである。日本のカトリックの信者数も4~50万人とも言われており、宗教を信じ、守り、実行することが保証されている1549年、フランシスコ・ザビエルの到来以来、日本の国のあり方が今、求められている。日本は、自由であり、心があり自分で考え、自分で判断し、行動していく。でも真理はひとつ、真理を信じ仕えること。聖霊の働きにより、神様からの導きを受け止め、平和のために生きていくこと。すなわち、日々の祈りを大切にすること、そう私には、感じた。

その後の平和祈願ミサでは、世界各国の言語でそれぞれ、聖歌、朗読、と進み、説教は、岡田大司教さまの日本語でされた。いつもより、しみじみとした奥深いミサであった。私は、もちろん、ご聖体は岡田大司教さまの列へ並んでいただいてきた。何度味わってもおいしいし、心もお腹も満たしてくれる、そんな思いでいただいた

共同祈願では、英語で聖歌を歌った。事前に少しの時間であったが練習があり、まさにみんな真剣勝負という感じであった。私もわかる限り参加してうたった。主の平和、平和の挨拶では、段上から降りてきてくださり、周囲の人に平和を祈り続けていた司教様、みんなと同じ目線で…そんな思いが感じられた。

閉祭の歌は、

♪アーメン ハレルヤ♪ であった。

♪世界のみんな 兄弟さ ♪話す言葉は違っても 

♪主に向かう心はみんな同じ 子供だから♪

アーメン ハレルヤ アーメン ハレルヤ 

アーメン ハレルヤ アーメン ハレルヤ

♪世界のみんな 友達さ ♪働く場所は違っても 

♪主に向かう心でひとつになって 分かつ力♪

アーメン ハレルヤ アーメン ハレルヤ 

アーメン ハレルヤ アーメン ハレルヤ

♪世界のみんな隣人さ ♪倒れるものは助けながら 

♪主に向かう心の愛はひとつ みんなのもの♪

アーメン ハレルヤ アーメン ハレルヤ 

アーメン ハレルヤ アーメン ハレルヤ♪

みなさん、今日私達は、「世界に平和を」との思いを胸に、国籍、文化、言語の違いを超えて、キリストの名のもとに兄弟、姉妹として集いました。

ともに父なる神を賛美し、感謝を捧げ、そしてその支えと助けを持って願って祈って参りましょう。

互いに手を取り合い、「地の塩、世の光」として日々を生き、真の愛と正義に満ちた平和な社会の実現のために力を尽くすことができますように、

私達の主イエス・キリストによって アーメン †

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2007年8月 2日 (木)

† イエスさまの愛 †

私は、祈りをする時に必ずろうそくのともし火をつける。時には、長いのだったり、眠る前は短いのだったり、クリスマスには色つきのろうそくだったりするそのろうそく立てをネットオークションで購入したのが最初のきっかけだった。商品より送料のほうが高かったけれどダイヤモンドの輝きを思わせるようなきれいなろうそく立てが手に入った。その前で祈りをすると心も癒される。

先日より、息子から数回連絡があった。車の免許をとりたいと言う。もう少し、自分の生活が社会で安定してある程度お金を貯めたら相談に乗ることにした。それから、1ヶ月経ち、息子はちゃんと真面目に働いていた。無駄使いもしていないし、一生懸命働いている様子。

”偉いね、よくがんばったね、”

私は、できる限りうんと褒めてあげた。あなたのがんばりは、神様が一番知っているし、嘘をつかないあなたの心も知っているから…。最後に今日は、

”お母さんと話ができて嬉しかったよ、”

そう言った息子は私よりずっと大人に見えたし、聞こえた

私より神様と親しい息子は、亡くなった母とも会って会話していると言う。そう眠っている間に…。私は怒られるほうが多いのに、息子は優しいおばあちゃんのままで

”またおいでね、”

と言ったそうだ。息子のことまでちゃんと神様はわかって神の国から会わせてくださっているのだと思った。本当にありがたいし、心から感謝をしたい。

些細なことで、腹を立てたり、揉め事を起こすことになりませんように、頂いたお導きに心から賛美と感謝を捧げます。アンナさま、イエスさま、これからも祈りによってお導きがあることを信じて感謝をささげます

父と子と聖霊のみ名によって アーメン †

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