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2007年8月11日 (土)

† みなが一つに なるように †

先日、日曜日の大名町教会でのミサで、引退された”ぺトロ 平田 三郎司教”様の訃報を聞いた。予定表に日程をメモした私は、告別式の葬儀ミサに参加した。その日は、暑くて本当に良いお天気であった。ペトロ司教さまの御心を映し出しているようで…。

時間には、間に合ったが参加者が多くて座る席が二階へどうぞ!と促されたが、側で見ていたくて1階の一番後ろで立ち見のままミサに参加した。きっと疲れたら、イエス様が支えてくれるでしょう!

私は、カトリックの葬儀ミサに参加するのは、初めてのことである。一応、黒の服で統一して行ったがほとんどが、通常の喪服でいらしていた。ヴェールも黒をつけている方が多くいらした。私は、信者の若葉マークなので白のヴェールしか持っていないけれどこれで、心が伝わればいいと思い、それを身につける

いよいよ始まった。入祭では、聖歌が歌われいつものミサと変わらないように感じた。流れもそうであったし、お説教もご聖体も全員がいただいた。私は、もちろんせっかくだから長崎大司教さまからいただいた。これってとても大きなお恵みだと思う。だって、神様がちゃんと並んでいく道を授けてくださった。私にとって憧れの地”長崎”へは、いついけるかわからないけれど大司教さまからご聖体をいただけるなんて嬉しかったし、また味わい深いものがあった

ペトロ司教さまは、生まれた翌日幼児洗礼を受けていました。福岡県の今村教会で…きっとご先祖さまから代々受け継がれたカトリック一家だったのでしょうね。親族席には、ご兄弟かと思われる女性は、修道女でしたから…。

大分教会での初代司教さまだったことも知りました。だから、現司教さま、宮原司教さまがそして、引退した平山司教さまもいらしていたんですね。私の通っていた明野教会でも神学生を養育するように取り組んだりしたと話を聞いて納得でした。確かに明野教会には、もっと誰かが住めるような家があり敷地も本当に広いからです

それから、福岡教区の司教さまになられて、日本で唯一、第二バチカン公会議に出席されて健在だった方だそうですそして、プロテスタント教会との共同で共同訳聖書に取り組み、議長まで勤めた方だったそうです。今、私が持って愛用している聖書はまさしく、共同訳聖書です。そう思うと聖書自体にも歴史があり、尊く感じるものです。聖書は、万能の書物というくらいそのときの御心にぴったりの箇所が出ます。嘘ではありません。嘘だと思うならみなさん、試してみてください。きっと今の自分にぴったりの箇所に心に響く御言葉が出てくることでしょう。

ペトロ司教さまがいつも口にしていた御言葉

”みなが一つに なるように”

どれほど、神様を愛し、神様からの与えられた召命を全うされた生涯だったのでしょう。お話を聞けば聞くほど、すばらしい方だったんだと思いました。でも、永遠の命へ導かれて旅立たれたのだから、心を合わせて祈りましょう。

”みなが一つに なるように、平和が訪れますように †”

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