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2007年8月 7日 (火)

† 教会へ通うこと †

私は、先週の土曜日、主日のミサに参加できないと思い、土曜日の夜ミサに参加したそこで第一朗読を頼まれた。もちろん、喜んでさせていただきましたその時、ちょうど停電になってミサのろうそくだけの明かりの中で朗読したこととても印象に残っています。朗読が終わったころ、電気がつきました。きっと、何か意味があるのだと思う。今、地震で被災地で不自由な思いをされている方のほんの少しでもわかるように神様が教えてくださったのかもしれない。

そして、日曜日、午後から大名町教会で東京の岡田大司教さまがいらして講演会とミサが行われるので参加してきた。岡田大司教さまには、私は高円寺教会で堅信の秘跡を授けてくださった方です。わざわざ南国、福岡まで来てくださるなんて・・・

2007年度 福岡教区 「平和を祈る集い」であった。

”信教の自由と政教分離から日本の福音化と平和を考える”

とても、難しい題に聞こえるが、内容はカトリックそのもので1936年から指針が変わり、福音宣教省なるものが設けられ、第二ヴァチカン公会議では、教会が大きく変わったとも話をされた。昭和から平成へ年号が変わり、平和への決意と新しい出発のために、正義と平和を守るために今、日本の教会に必要なことは何か?

”祈りである”と思った。

人生は、判断と決断の日々の積み重ねである。日本のカトリックの信者数も4~50万人とも言われており、宗教を信じ、守り、実行することが保証されている1549年、フランシスコ・ザビエルの到来以来、日本の国のあり方が今、求められている。日本は、自由であり、心があり自分で考え、自分で判断し、行動していく。でも真理はひとつ、真理を信じ仕えること。聖霊の働きにより、神様からの導きを受け止め、平和のために生きていくこと。すなわち、日々の祈りを大切にすること、そう私には、感じた。

その後の平和祈願ミサでは、世界各国の言語でそれぞれ、聖歌、朗読、と進み、説教は、岡田大司教さまの日本語でされた。いつもより、しみじみとした奥深いミサであった。私は、もちろん、ご聖体は岡田大司教さまの列へ並んでいただいてきた。何度味わってもおいしいし、心もお腹も満たしてくれる、そんな思いでいただいた

共同祈願では、英語で聖歌を歌った。事前に少しの時間であったが練習があり、まさにみんな真剣勝負という感じであった。私もわかる限り参加してうたった。主の平和、平和の挨拶では、段上から降りてきてくださり、周囲の人に平和を祈り続けていた司教様、みんなと同じ目線で…そんな思いが感じられた。

閉祭の歌は、

♪アーメン ハレルヤ♪ であった。

♪世界のみんな 兄弟さ ♪話す言葉は違っても 

♪主に向かう心はみんな同じ 子供だから♪

アーメン ハレルヤ アーメン ハレルヤ 

アーメン ハレルヤ アーメン ハレルヤ

♪世界のみんな 友達さ ♪働く場所は違っても 

♪主に向かう心でひとつになって 分かつ力♪

アーメン ハレルヤ アーメン ハレルヤ 

アーメン ハレルヤ アーメン ハレルヤ

♪世界のみんな隣人さ ♪倒れるものは助けながら 

♪主に向かう心の愛はひとつ みんなのもの♪

アーメン ハレルヤ アーメン ハレルヤ 

アーメン ハレルヤ アーメン ハレルヤ♪

みなさん、今日私達は、「世界に平和を」との思いを胸に、国籍、文化、言語の違いを超えて、キリストの名のもとに兄弟、姉妹として集いました。

ともに父なる神を賛美し、感謝を捧げ、そしてその支えと助けを持って願って祈って参りましょう。

互いに手を取り合い、「地の塩、世の光」として日々を生き、真の愛と正義に満ちた平和な社会の実現のために力を尽くすことができますように、

私達の主イエス・キリストによって アーメン †

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