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2008年7月 6日 (日)

† イエスさまとマリアさま †

イエスさまとマリアさま

今回は、こんな題名を書いてみた。というのも、先日の主日のミサの帰りにある信者さんから聞いた言葉がきっかけだった。

私は、イエスさまが好き † だからいつもイエスさまの十字架を身につけている。その方は、マリアさまのおメダイを身につけていた。マリアさまのおメダイと言えば、不思議のメダイ

http://www.tomoshibi.or.jp/medai/index.html

があるくらいだから、マリアさまに信心を持つ人は身につけていて当然だとおもう。

が…そこで言われた、

マリアさまのおメダイを身につけているとたやすい生き方を導いてくださるのよ! あなたもマリアさまのおメダイを身につけたら…?と!

そして、イエスさまを身につけている人は、言葉には出さなかったけれども茨の道を歩かせてくださる…そんな感じがしていた。でも、私はどんなことがあってもイエスさまについていく…だからイエスさまを身につける

そんな思いを抱きつつ、カテキズムの勉強会に参加した。神父さまに早速、質問してみた。

身につけるとしたら、どちらが良いのですか??

神父さまは笑っていた。そして、イエスさまとマリアさまを同じレベルで考えてはいけないと…、イエスさまは神様であるし、マリアさまはその母であるから、一番力の強いのはもちろんイエスさまに決まっていると。しかし、人は御願いをするときに一番力の強い人に直接御願いするよりも身近にいる話をしやすい人に頼むものである。それが、聖母マリアさまの存在で取り次ぎ手としてマリアさまは、世界中の人から親しまれている

私のした質問は、人間の欲や見栄がからんだ内容であったことがわかった。どうも、人から何かを言われると気になってしまうし、それが信者さんからだったものだから、余計に気になっていたのであった。

そこで冷静になって考えてみたが、今、私が勉強会に招かれているには意味があるし、聖霊の祈りに参加しているのもきっと、神様のご計画の内なのだと思う。信仰が深まれば深まるほどに、またいろいろなことがあるものです。

でも、私の心に宿っているイエスさまの愛の炎は決して消えることがないでしょう †

今日の御言葉

 ひとつぶひとつぶ生きていて 

  ひとつにむすばれた おむすび

   晴作久神父さま あなたに会えてより

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