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2008年8月29日 (金)

† 殉教者を育んだ教会 その4 †

そしてザビエルから始まって、最初の20年間は、ほとんど言葉による宣教はしていないんです。大分の府内で、アルメイダという医者がイエズス会に入って、総合病院を建てて、そこにハンセン病、孤児院も作っています。最初の20年間は、そういうことです。キリストは深く憐れんで、そして近づいていって、棺に手を触れて「もう泣くな。」 って言ったんです。もう泣かなくていい、神様の慈しみはそういう姿で今も現れてくるんだと思います。

熊本の慈恵病院が、「コウノトリのゆりかご」っていう、あの働きを始めて、かなり大きなインパクトを与えています。皆さん、ご存知でしょう。あそこはもともと明治31年にフランシスケンのシスターたちが来て、そしてハンセン病の療養所を始めたところです。社会から落ちこぼれてくる命の受け皿をつくったところです。そして今、それが一区切りつきました。でも、じゃあ社会から命は落ちこぼれてこないか。そうではありません。公衆便所で捨てられていく子供、生ゴミのようにゴミ捨て場に置かれた子供、そういう子供たち、赤ちゃんがあちこちにいます。新聞にも載りません。そのような受け皿をまたつくったんです。熊本の教会は、みんなそれを応援します。信者でない人たちが全国から、役立ててくださいとたくさんの寄付が集まってきます。かつて、あの時代にしていたことです。

京都で火あぶりになったテクラ橋本という母親、お腹にはもう1人子供がいます。両脇に2人の子供を抱えています。隣の柱には13歳のカタリナという女の子が、弟を一生懸命抱いています。火が付けられた時、その13歳のカタリナが隣から言ったんです。「お母さん、もう何も見えません。」言葉を換えて言うと、「お母さん、これは本当のことでしょうか、もう訳が分かりません。」と言ったんです。そしたら母親が「大丈夫、間もなく何もかもはっきり見えるから、それまで待とう。」と言ったんです。「マリアは、このことがよくわからなかった。しかし心に収めておいた。」聖書にはこの言葉が、マリアを語るとき、出てきます。ひとつのリズムであるからわからなかった。何の意味かわからない。なぜ、こんなことが起こるのか、何を言っているのか。でも、そーっと心に収めておいた。

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2008年8月26日 (火)

† 殉教者を育んだ教会 その3 †

日本の教会の源流には、挫折して惨めさを味わって弱さを充分自覚したその人たちを通して、福音が入ってきたんです。今もその流れは変わってはいないと思います。あの軽蔑するあの人を神様が選んだんです。あの人を通して神様は福音を伝えようとしています。さあ、そのような道具、宣教師たちを使って、そして興されてきた日本の教会。

イエズス会、ドミニコ会、フランシスコ会、アウグスチノ会、それだけでは限界がある。だから教区の司祭をつくろうといって、司教さまは独自に教区の神学校をつくって、記録がはっきり残っているのは修道会だけなんです。

しかも、イエズス会が一番はっきりしています。ほかの修道会がたくさんあった、そしてあちこちで殉教があっています。その事はあんまり詳しくは伝えられなかったんです。 その中に明らかにはっきりと三つの姿を見ることが出来ます。一つは、信者たちの中に、慈悲の組、ミゼリコルディアの組といいます。「もう、泣くな。」 そう言って、社会の傷んだ部分、壊れていく部分、悲しむ部分に近づいていって、そして立ち上げる人たちが出てきたんです。それが、慈悲の組、ミゼリコルディアの組と呼ばれるグループです。

二つ目は、サンタ・マリアの組、聖母の組。この人たちはマリア様の熱狂的な礼拝、そういうことではないんです。名前だけは聖母の組と呼ばれていますけれども、内容は徹底した信仰教育をする、その信徒たちのグループです。

三つ目は、エウカリスチアの組、聖体の組と呼ばれました。仲間がみんなを代表して、捕らえられて、そして殉教していく。あるいは絶望的になってしまって、教会から離れていく人たち。責めるのではなくて、みんな聖体の前で40時間ぶっ続けでお祈りしているグループです。1年に1回、2年に1回潜伏している司祭が来た時に、みんなが聖体を拝領できるようにあらかじめ準備をしておきます。そういうグループが殉教時代の中に出てきました。このミゼリコルディアの組、聖母の組、そして聖体の組、この三つのグループの働きです。

「皆の者、ここにおります人たちは、信仰のために命をささげる、いさぎよい人たちでござる。どうか、土下座するようお願い申す。」 1629年1月12日、米沢の北山原刑場で、責任の奉行が集まった米沢藩の人たちに、あの原っぱで最後に高らかに宣言した言葉です。最初は120万石、追われ追われて米沢で30万石の本当に貧しい藩に成り下がっていきます。貧しさは人を清めます。二代目になった時の、もう持ちこたえきれなかった。そして藩が分裂していきます。その時に「致し方なし。」そう言って、このキリシタンの主だった人たちを「申しわけないけれども。」そう言って、そして処刑していくんです。 しかし、誰も縛られなかった。長崎も江戸も京都も、みんな縛られていくんです。東北のこの地の人たちだけは、縛られていませんね。

惜しまれて愛されて、そして去っていった人たちです。あなたたちがいてくれなければ困る。あなたたちがいてくれて本当に良かった。米沢の貧しい地の中で、この人たちの存在はなくてはならなかったんです。それが教会でした。愛されて、惜しまれて。処刑が終わった時、彼らのその亡きがらを、新しいむしろに包んで、葬るのは信者でない人たちでした。この地には、悪人は一人もいなかった。殺す方も殺された方も、悪人ではなかった。きれーな表現です。私たちの先輩は、皆さんそういう風にして受け入れられたんです。

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2008年8月25日 (月)

† 殉教者を育んだ教会 その2 †

まだまだ続きます。

日本に来た宣教師たち、その中で最初の宣教師だったザビエル。この人の霊性は、実はずっと流れていると思うんです。なぜかと言いますと、ザビエルもトーレスもアンジローも、みんな挫折した人たちです。いつも行き詰まっています。ザビエルは、成功した記憶はないんです。ほとんど…。彼は挫折しても道端で説教しています。

ザビエルが声をかけた男、これがトーレスと言います。はじめはイエズス会の神父ではありませんね。ザビエルがインドの宣教にほとんど絶望的になって、マラッカに行って、そこで新しい宣教地を開拓しようとします。でも何にも出来ませんでした。疲れ果ててマラッカに来たときに、このコスメ・デ・トーレスという神父がいたんです。戦争で仲間はほとんど戦死します。九死に一生を得たトーレスはスペインに強制送還される途中でザビエルに会うんです。一度は死んだ男です。

ザビエルも燃え尽きています。そして、もう一人そこにアンジローをいう薩摩出身の貿易商がくるんです。彼は、貿易上のトラブルで、人を殺害しています。そしてマラッカでザビエルに出会います。

ザビエル、トーレス、アンジロー、みんな幻滅の人生を生きていたんです。一度は人生が終わっていたんです。それを呼びだすんです。この人たちを使うんです。「さあ、行け、あなた方を遣わす。」挫折した、すねに傷のある人間たちというのはですね、実は自分の力はそれほど、もう信用しません。限界を知っているから。逆にとっても謙虚です。謙虚さは人を信用します。この人は、私よりも優れているって思うんです。尊敬はやがて聞くことをします。「何があったんですか?」「なぜあなたたちは、これを大切にするんですか?」日本の教会は最初から順応適応っていうんですね。日本人が一番大切にしているもの、日本人たちが一番こだわっているもの、そういう事をいつも気がけてきました。

ザビエルの霊性、「神は愛です」とヨハネは言いました。でも、それをストレートに伝えたら、日本人たちは顔をしかめたんです。その当時の日本で分かりやすい言葉にしたら、神はご大切、大切、あるいは慈悲という、これが日本の教会の最初の姿です。

神がいかに謙虚でおられるかという事に心を打たれます。神は神であるにもかかわらず、しもべの姿をとっておられます。

今日もなお、神は私たちのような弱く不完全な道具をお使いになることで、ご自分の謙虚さを示しておられます。マザー・テレサの言葉なんです、「私を使う、皆さんを使う」 たくさんの日本人の中で、私たちが洗礼の恵みを受けた。それだけで神様が謙虚であるということが分かる。あの人じゃなくて、私。それだけで神様が謙虚だってことが分かるというんです。これ、マザー・テレサの告白です。その謙虚さが本当の神様の姿を示すんだろうと思います。

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2008年8月22日 (金)

† 殉教者を育んだ教会 その1†

私は、ここのところ持病が悪化して入院していたのでサイトの更新が出来なかった。今は、すっかり元気!!といいたいところですが、まだまだ治療にも時間がかかる様子です。長い目で見てじっくりゆっくり治していきたいと思います。

前回より掲載しています殉教者を育んだ教会・・・ですが続きはまだあります。

最初に確認したいこと、フランシスコ・ザビエルというあの一人の宣教師を通して、神は日本に福音をもたらしてきました。ザビエルは一人で来たわけではありません。ザビエル宣教団7人で来ています。この人たちは、みんな実は、おんなじ境遇を生きてきた人たちが、不思議と呼び集められてきているんです。ザビエルの霊性って呼んでいいと思います。日本の教会の中には、ずーっとザビエルの霊性が流れています。言葉、霊性、スピリチュアリティ、福音をキリストの福音をどういう風に受け止めるのか、受け止めた福音をどういう風に生きるのか。そして、この福音を生きた結果、どういう風な人生を送って死んでいったのか。その全体をひっくるめて霊性と呼びます。霊性、あなたはなぜそのことを選ぶのですかって。「その理由はキリストです」 はっきり言えたときに、その人は霊性を生きたっていえると思います。

マザーテレサ。あの一人の修道女は、最初カルカッタで地理の先生でしたが、修道会を辞めて、そして、ポケットにはわずか100円足らずのお金しかなかったといいます。そこに行って側溝に首を突っ込んで死にかけているその人間を抱き起こして、体をきれいに拭いて「名前は?」って、自分の名前さえ知らない。「じゃ、名前をつけよう」って、「あなたと私と神様だけが知っている」って、「それでいいよね」って。そしたら、その人は「こんなによくしてもらってありがとう」、そう言って死んでいく。それを60年続けていくんです。小さな体で、腰は曲がってしまって。彼女は、それ以外の福音を受け止め方が出来なかったんです。それが、マザーテレサの霊性と呼びます。福音をそのように受け止めたら、そのような生き方をしていくんです。

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