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2008年8月25日 (月)

† 殉教者を育んだ教会 その2 †

まだまだ続きます。

日本に来た宣教師たち、その中で最初の宣教師だったザビエル。この人の霊性は、実はずっと流れていると思うんです。なぜかと言いますと、ザビエルもトーレスもアンジローも、みんな挫折した人たちです。いつも行き詰まっています。ザビエルは、成功した記憶はないんです。ほとんど…。彼は挫折しても道端で説教しています。

ザビエルが声をかけた男、これがトーレスと言います。はじめはイエズス会の神父ではありませんね。ザビエルがインドの宣教にほとんど絶望的になって、マラッカに行って、そこで新しい宣教地を開拓しようとします。でも何にも出来ませんでした。疲れ果ててマラッカに来たときに、このコスメ・デ・トーレスという神父がいたんです。戦争で仲間はほとんど戦死します。九死に一生を得たトーレスはスペインに強制送還される途中でザビエルに会うんです。一度は死んだ男です。

ザビエルも燃え尽きています。そして、もう一人そこにアンジローをいう薩摩出身の貿易商がくるんです。彼は、貿易上のトラブルで、人を殺害しています。そしてマラッカでザビエルに出会います。

ザビエル、トーレス、アンジロー、みんな幻滅の人生を生きていたんです。一度は人生が終わっていたんです。それを呼びだすんです。この人たちを使うんです。「さあ、行け、あなた方を遣わす。」挫折した、すねに傷のある人間たちというのはですね、実は自分の力はそれほど、もう信用しません。限界を知っているから。逆にとっても謙虚です。謙虚さは人を信用します。この人は、私よりも優れているって思うんです。尊敬はやがて聞くことをします。「何があったんですか?」「なぜあなたたちは、これを大切にするんですか?」日本の教会は最初から順応適応っていうんですね。日本人が一番大切にしているもの、日本人たちが一番こだわっているもの、そういう事をいつも気がけてきました。

ザビエルの霊性、「神は愛です」とヨハネは言いました。でも、それをストレートに伝えたら、日本人たちは顔をしかめたんです。その当時の日本で分かりやすい言葉にしたら、神はご大切、大切、あるいは慈悲という、これが日本の教会の最初の姿です。

神がいかに謙虚でおられるかという事に心を打たれます。神は神であるにもかかわらず、しもべの姿をとっておられます。

今日もなお、神は私たちのような弱く不完全な道具をお使いになることで、ご自分の謙虚さを示しておられます。マザー・テレサの言葉なんです、「私を使う、皆さんを使う」 たくさんの日本人の中で、私たちが洗礼の恵みを受けた。それだけで神様が謙虚であるということが分かる。あの人じゃなくて、私。それだけで神様が謙虚だってことが分かるというんです。これ、マザー・テレサの告白です。その謙虚さが本当の神様の姿を示すんだろうと思います。

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コメント

なるほどぉ~。
奥が深いですね。

一度死んだ人間と言うとオレもそうです。
これを読む限りだと、オレもザビエルと同じような死に方をするのだろうか?
等と考えてしまいます。

まっ、でも神の愛を受けていることは事実だし、否定しません。

投稿: ミカエルHIRO | 2008年8月25日 (月) 22時08分

ミカエルHIROさん、コメントありがとう
ございます。

一度死んだ人間…
洗礼によってみなが生かされて
いるように思える今日この頃です†

投稿: いちご | 2008年9月10日 (水) 22時21分

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