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2008年11月19日 (水)

† ペトロ岐部と188人の殉教者たち †

ペトロ岐部と188人の殉教者の列福式があと数日にせまってきた。ここ福岡でもかなり盛り上がっている様子…私も参列したかったけれど福岡からだと日帰りになるのでかなりの強行になると思われる。私は、持病もあるので自宅でお祈りをしようと思っていた。が、カテドラル教会で列福式に参加できない人のためにごミサが同じ時刻に行われる。

神様は、参列できない私たちにまで憐れみを注いでくださっているのだと感じている。もちろん、ごミサに与ろうと思っている。

<お水のうた>

お水いただきに参ろうよ 参ろうよ
泉の水は 天のお水よ
天のお水をいただきに 参ろうよ
お水くださる 天のお命よ
ジョアンさまには 四〇〇年を
誰が泣くのか お水ぱこぼれる

-隠れキリシタンの殉教の現実と一つに
流れている流れが小泉の流れなのです-

同じお水が 稲子ば育てる
稲子育てよ おらが仲間よ
田植えするときや おいらの手足
天のおやさまの 手と足となる
三千尺の原は 寒いぞ
寒い風ふきゃ稲子ぱ寒い
稲子寒けりゃお目様が出て
お水ぬくめる稲子ば育つ

花も小鳥も 小烏も花も
天地一堂に 夏は宴よ
宴の色も宴の声も
田の面の水に 波紋をえがくよ
盆がもどるよ 老いも若きも
里にもどるよ 穂が出そろうよ
宴があがれぱ みのリの時の
湖もあがるよ みんなだまるよ
みんなだまれば もつとだまれぱ
黄金の波の見渡す限リ
黄金の波の見渡す限リ

原にゆらげぱ 山は燃えるよ
山が燃えれば 黄金を刈るぞよ
紫紺の空に 黄金をかけるぞ
黄金かけれぱ 紫紺の空に
黄金こぼれる 黄金の涙
 人はかわれど もみ焼く煙
同じ思いをこめて のぼるよ
人がかわれぱ 同じ田の米
食ぺる人ます キリスト様よ
キリスト様の体は 育てよ
同じ田の米食うて 育てよ
キリスト様の体の お命
あふれ流れる 水のひぴきよ
思いがけなく お命にうたれリや
恩いがけなく 流れて行けよ
人にかくれて 流れて行けよ
同じお水の命の ひびきよ
流れ行けども 流れ得ぬ人
とどまリながら 流れ行く人
同じお水の流れのお姿
ひとつひとつの ひびきがこもるよ
違うひびきが一つに こもるよ
天のおやさまの心に こもるよ
           ハイハイ

偶然?ってことはないでしょうが、マリア様のご像が来てから見つけたものです。なんだか心に惹かれるものがあり、いつかこの地へ巡礼に行ってみたいと思いました。

弱い立場の中に輝く希望

”わたしには夜道など ありません。” ダミアン

何の希望も見出せないと感じるときでも、希望は決して失わないことに気づけるように、神は見捨てられた人びとを、あかし人に選びました。

<祈り>

限りない愛を示してくださる神よ、あなたは弱い者を選んで人びとの助けとし、喜びの福音を告げるものとしてくださいます。弱い立場に追いやられた苦しみをとおして主と出会った殉教者にならい、苦難の中にこそ主への希望を見出すおめぐみをお与えください。私たちの主、イエス・キリストによって アーメン †

復活の福音を担う女性たち

”だいじょうぶ、もうすぐすべてがはっきりと見えるから。” テクラ橋本

聖書の中で女性の典型的な姿は神の母性の中に見出されます。途方にくれる人間の「うめき」 に呼応して「言葉に表せないうめきをもって」 とりなししてくださる聖霊、神は特別な方法で女性にその使命を託されました。女性の尊厳と精神的、霊的な強さの由縁は、ここにあります。

殉教した女性や母たちの中には、聖母マリアの面影があります。その使命を一途に生きる女性たちのかたわらに、いつも「イエスの母がいる」 からでしょう。

<祈り>

いつくしみ深い父よ、聖母マリアの取次ぎによって祈ります。あなたはイエスの母、教会の母である聖母マリアの生涯の神秘をとおして、女性一人ひとりが受けた召命の尊さと豊かさを示してくださいます。わたしたちが、殉教した女性たちにならい、混迷する現代社会の中で、与えられた召命と使命を希望と喜びのうちに果たすめぐみをお与えください。わたしたちの主、イエス・キリストによって アーメン †


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