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2009年1月24日 (土)

† 神の子とならせてください †

先日より心配していた息子からの連絡が今日、ようやく入った。無駄に心配していた自分がいったいなんだったのだろう・・・と思った。心の闇の中の世界へどんどん引きづられていた。

今日、すべては神様のみ心のままになった!

息子からの返事は、

力強く洗礼を受けたい。晴佐久神父さまより・・・

との答えであった。ちゃんと、福音宣言は息子の心に響いて伝わっていたのだと胸をなでおろした。

そして、夜のミサへ行ってきた。神様にお礼を言いたかったのと、お御堂でお祈りがしたかったから…私の通う教会には、入ってすぐにヨセフ様のご像とアシジの聖フランシスコ様のご像がある。その前で、丁寧にお辞儀をしてお礼を言った。

きっと、神様や聖人のみなさんも見守ってくれているのだと感じてならなかった。

私の信仰を受け継いでくれることは、何よりうれしいことである。が、現実的に考えても、困難はあって当たり前の環境である。

まず、息子の住む近くに信者さんがいないこと、そしてキリスト教はご法度の地域、私が洗礼を受けるときでさえも、電話してきてそれはやめておきなさいと亡き母に言われたくらいである。地域によってこんなにも差があることを痛感していたが、未だに実家へ行くときはカトリックは伏せておくように言われている。

でも、カトリックは決して強制はしないし自分の意思でしか、洗礼を授けない。だから、信じている人には、神の子とならせてください †

父と子と聖霊のみ名によって アーメン †

”わたしについてきなさい ”  マルコ1-17

♪ すべての人の救いを願い わたしはあなたを待ち望む ♪

”わたしは世の光である。 わたしに従うものはやみの中を歩むことなく

 いのちの光をもつ。”   ヨハネ8-12

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2009年1月21日 (水)

† 洗礼の招待 †

カトリック高円寺教会の晴佐久神父さまが復活祭をもって教会を異動されるにあたり、私の息子のもとへ洗礼の招待の連絡が入った。とても、ありがたく嬉しくこんな遠くに住んでいるのに心にとめていただけることが感謝である。

しかし、信仰はあくまでも本人の意思によるものであって、親が強制するものではない。なので息子に確認のメールをした。が…数日経つが全く返事がかえってこない。きっと、仕事に追われて時間に追われて今を生きているのかと想像する。が、私の中で心配がどんどんふくれあがっていく。

落ち着いて、落ち着いて…私たち以上に神様はどれほど心配し、心にとめていてくださるのか!!不安や心のうちにある闇を祈りにして神様にお捧げする †

イエスさまの生きていた2000年前と現代に生きる私たちが時間や時代を超えても、こうして聖書のみことばが実現するのだから、あわてることはない。心配することはない。そう言われているようにも思う。

高円寺教会の皆様から、多くの元気をもらって、息子も洗礼を受けると言ったのが2年前、心が貧しくならないと人は、神を求めない。そう、神父さまの勉強会で教えてもらったように今の息子にはまだ、時期ではないのかもしれない。

晴佐久神父さまは、異動されるだけでカトリックの世界からいなくなるわけではない。だから、きっとみ心にかなった時期をきっと息子に与えてくださる。そう信じてお祈りをしよう!

ヨセフさまに捧げられた聖水曜日に心から感謝をし、聖霊の助けと取次の祈りによっていつか、息子が信仰を持って歩むことができますように・・・。

息子の洗礼名は、ヨセフさまからいただく予定である。ヨセフさまは、隠れた取次手として知られている。イエスさまの養父であり、聖母マリアさまの夫である方です。

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2009年1月 9日 (金)

† 神様のみ心にかなったものとしてください †

年が明けて、年末年始は所属教会で神様を満喫することができた。でも、数ヶ月前から我息子と会い共に過ごす約束をしていたのだが、見事に振られてしまった。仕方がないと思うし、彼には今の生活があるわけだし、信仰は強制するものではない。きっと神様が、叶った時期に息子を導いてくださると信じて日々のお祈りを続けている母です。

今回は、息子に会うためというよりも自分のために行ったのだと思うことがたくさんあり、多くの恵みに満たされて感謝でいっぱいでした。

ついさっき、知りえた情報によりますと、晴佐久神父さまが移動されるようです。今年の復活祭を最後に…そんな噂が以前からあっただけに正式発表となると動揺もするものです。今度は、カトリック多摩教会…検索してみたけれどまた良い環境のところみたいですね。きっと、ここで力強い福音宣言をして活躍されることをお祈りしております。

私の通う教会では、今日が初金曜日であった。急遽、ご聖体の顕示前での祈りを頼まれて…私は、出かける用事があったが電車は、人身事故で不通になるし、これはもう神様が待っていらっしゃると思い、一人でお祈りをしてきました。

十字架の道行きに、ロザリオの祈り、そしてご聖体を賛美する祈り…あっという間に持ち時間は過ぎていきました。教会のお御堂でお祈りできたことは、お恵みであると思うし、私が頼まれたこともイエスさまから使命を受けたのだと、喜んでさせていただきました。

年末のライヴで…

皆さんの前で初めてステージに立って、緊張して汗ばんでいる出演者の一生懸命さ、そして当たり前ではない出来事に当たり前ではない人たちが集まって当たり前ではないことをしている。これこそ、神の摂理であると思うし神秘的なもの…見ていてジーンときました。

何でもいいんです。自分が生きる、自分で自分を生きる、すばらしい神の業を信じて生きる、与えられた今日を自分の中で精一杯生きていく。

天の父よ、この0時ミサ 祝福を持って新しい出発とさせてください †

  (0時ミサのお説教より)

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