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2009年2月25日 (水)

行くから・・・

先ほど、息子から連絡があった。

”今度は、行くから・・・”と。

そう、今週末は高円寺教会で洗礼志願式がある。そのために、いろいろな用意をしてくれている教会のみなさまに感謝である。私たちは、何もお手伝いできないのでせめてお祈りだけでもしている。

ここのところ、私自身の体調が思わしくなくて、通院続きであっただけに、無事に行けるだろうか?その方が心配であった。もちろん、息子が来ることはもっと心配でもあったのですが・・・。

今日は、教会の暦でいう灰の水曜日である。カテドラル教会でごミサに与った。神父さま3名をいらして、聖霊の導きを強く感じた時間であった。

”回心して福音を信じなさい”

と言われて頭に灰をかけられ”アーメン”。確か、去年も灰の水曜日のごミサに与っているが心持ちが違うというのか、それだけ私の中で信仰が深まったのかもしれない。この式がとても尊く神様の愛の慈しみ深さを感じた。

40日間イエス様は、昼も夜も断食をし、空腹を覚えられた。

断食をすることは、四旬節には大切なことである。そして、私たちの罪をすべての罪を助けるものである。断食は、神様との友情を取り戻す方法でもあり、神のみ旨を行うことでもある。

私たちは、物質的な食物を断つ時、餓えを感じるが、体の餓えと心の餓えも同時に養われていき、神への乾き、餓えを感じて、癒される。

断食とは、神様の望みを行う、実践する苦行の一つであると同時に、霊的な戦いでもあり、自分の欲求を支配し、コントロールするためのものでもある。

施し、祈り、断食は大切である、灰はその気持ちの表れでもある。

この期間、聖書を読むこと、日曜日のミサを大切にすることが私たちに求められていることである。

今日のお説教より

父よ、祈り、節制、愛のわざをあなたにささげます。灰を頭に受けた私たちが、自分に頼るのではなく、いのちであるあなたに信頼して生きることができますように私たちの主イエス・キリストによって アーメン †

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2009年2月11日 (水)

両親からの手紙

「 ぼくは、家の跡を継がないから・・・ 」 そう言った。あなたが、神様の道を歩むと決めた決心を感じさせました。お父さんは、それでも良いと思ったし、息子の召命の道を応援しようと思った。幼いころから、教会のみんなに支えられて生きてきたあなたは、これから本当に神様に仕えるものとして生きていってください。 父より

カトリックの祭壇にあなたの写真を飾って毎日、お祈りをしていましたが叙階式が近付くにつれて涙が止まらなくなっています。 母より

こんなお手紙を神父さまが叙階されたヨセフ神父さまの両親からもらってきていた。周囲からは、すすり泣きが聞こえていた。母であるなら、親であるならこの気持ちは痛いほどよくわかる。本来ならまだ一緒にいられたかもしれない人生を神様の歩みに合わせて生きようとしている新司祭を祝福せずにはいられない。

ましてや、天の父なる神様は私たちが思うより以上のみ心で温かく見守ってくれてこの日を迎えさせてくださったに違いない。

父なる神よ、あなたは叙階の秘跡によって司祭への道を歩むこの人たちを祝福してあなたの恵みで満たしてください。聖霊の導きによってあなたと共に世世に生き支配しておられる私たちの主イエス・キリストによって アーメン †

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