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2009年4月26日 (日)

あなたを愛していたのよ!

聖木曜日、主の晩餐の夕べのミサに上京する前夜、与ることができた。カテドラル教会へ行ったが、司教様自ら司式をされていた。そのことに感動を覚えた。

”神が与えてくださったすべての恵みに どのように答えようか。

 わたしは救いの杯をささげ 神の名を呼び求めよう。”

福音説教では、この春叙階されたばかりのヨセフ神父さまであった。きっと、初めての大きな説教で生涯心に残るものとなったであろう。

お説教の中で、記憶に新しい中国・四川省大地震の被災地でのメッセージであった。

ちょうどがれきの中に埋もれた母子がいた。その母は、わが子を守りたい一心で自分の命をかけてわが子を抱えたまま発見された。そして、わが子に残してあげられる最大のものは何かと考えて、持っていた携帯電話にメッセージを残した。

そこには、”お母さんはあなたを愛していたのよ!”

我が子が大きく成長しても忘れることがないように思いをこめたものであっただろう。

そんなお説教の中から、すすり泣きの美しい涙があちこちで輝いていた。

それから、洗足式が司教さまの手で行われた。神父さまの洗足式は見たことがあるけれど司教さまのは、初めてでまた感動した。まさに腰に帯をつけてイエスさまがおられると感じたごミサであった。ご聖体も司教さまよりキリストの御体と御血の両形態で口に直接頂いた。聖霊に満たされた教会、神父さま5名立会の元でのすばらしい聖木曜日であった。

父よ、あなたこそわたしの神、わたしのすべてをあなたに…†

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2009年4月14日 (火)

光の子

この復活祭にカトリック高円寺教会で我が息子は、洗礼の秘跡を授かりました。

”あなたは新しい人となり、キリストの光をもたらす者となりました。キリストに従って、光の子として歩みなさい。”

霊名 ヨセフ

と洗礼証明書に書いてありました。息子のを改めて見ると、自分の時と重なって感じられる。今回、教会からいただいた洗礼証明書と聖書は、息子の自宅に持ち帰ることはできず、私が福岡まで持ってきた。息子を取り巻く環境がキリスト教ご法度の地域であり、一切話もできないでいるので処分されたら困る。

神様はどこまでも限りなく私たちのみ心をわかっていてくださいます。実は、私は教会からの聖書を持っていないのです。私の手元に届かなかったのです。洗礼を受ける前からマイ聖書はありましたが、教会から頂くのにはなにか意味があるとずっと思っていました。今回、なぞが解けました。

今時のサイズの聖書で字も大きく見やすくなっていて、さらに晴佐久神父さまのメッセージ入りだったのです。もう、感動、感激でした。自分の十字架の重みを聖書の重みと受け止めて大切にしたいと思っています。

息子も含む洗礼者は、67名でした。神父さまの異動とも重なって保留になっていた信者の家族や神様の招きに素直にやってきた人たちです。

かけがえのない時、一瞬、天の父へ   これらの出来事はすべて誰が行ったのか、私たちは力をもらって生きているのか。死の時、すべてをお返しするのは神様であり、信じてひとつになって守られて恵みのうちにある。

尊い神の子として選ばれて集められた受洗者たち、2009/4/11のために生きてきたのです。これから新しい人生が始まります。神様の親子との関係がはじまる。今日から今から…全く新しい神様のみ業がはじまります。神様の恩寵のうちにある恵みによってこの瞬間が導かれ結んでくださいました。今まで生きてきたどんな場所にもこの恵み、この場所にはかないません。

これまでは、蝉のぬけがらみたいなものででもその日が大切であったこと、もはや死ぬことはありません。絶望はありません。すべての罪は赦されて生まれ変わっていくのです。この世にはもう二度と死の闇に落ちることはない、神様の救いを実現します。

あなたも救われたかったらここに来てほしい †

晴佐久神父さまの復活祭でのお説教より

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