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ヨアキムとアンナ

ヨアキムとアンナ

聖母マリアの両親について聖書は何も記さないが、キリスト教の伝承は
彼らの名がヨアキムとアンナであったことと、その生涯の物語を伝えている。

 ヨアキムはナザレトで生まれて、若い時にアンナと結婚した。
長年の間、子供に恵まれなかったので、人々からさげすまれて、ついに
彼は荒れ野に行って40日間断食して祈った。
 アンナの父はアカルという名前のユダヤの遊牧民で、ナザレトヘ妻を連れて来て、
そこで娘が生まれたと言われている。
アンナも少なくとも1人の子供が与えられるように祈っていた。

 ある日、月桂樹の下で祈っていた時、天使が現われて彼女の祈りが
聞き入れられたことを告げた。アンナに、全世界で賛美される子供が
与えられるというのであった。
「私の神は生きておられるのですから、私のやどす子供は、男であっても
女であっても、一生涯、私の神への贈り物として、清らかに神に仕えるでしよう」
と彼女は答えた。

 アンナは、40歳頃におとめマリアの母となった。伝承によれば、ヨアキムと
アンナはマリアの子イエズスの誕生まで生きながらえ、聖なる孫が
エルサレムの神殿で奉献された直後に亡くなったと言われている。

 ヨアキムとアンナの物語は福音書の中に出ていないので、
初期の偽福音書の文書の中で、ヨアキムは度々、ヘリとか、またはサドク、
ヨハキル、エリアチム、クレオパスなどの名を与えられている。

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